赤坂 憲雄 | 奥会津ミュージアム - OKUAIZU MUSEUM

「災禍の果てに」⑧⑨

赤坂 憲雄(奥会津ミュージアム館長) 「災禍の果てに」〈8〉 北限の猪(河北新聞2020,12,17)  かつて、宮城県丸森町は猪が棲息する北限の地であった。阿武隈ライン舟下りでは、コタ ...さらに表示

「災禍の果てに」⑥⑦

赤坂 憲雄(奥会津ミュージアム館長) 「災禍の果てに」〈6〉一揆(河北新聞2020,10,14)  九月の末、釜石から三陸鉄道リアス線に乗った。復興とはなにか、という問いが、窓の外にゆら ...さらに表示

「災禍の果てに」④⑤

赤坂 憲雄(奥会津ミュージアム館長) 「災禍の果てに」〈4〉距離(河北新聞2020,8,13)  人のあいだと書いて、人間という。ならば、人間にとって、距離とは、とりわけ社会的な距離とは ...さらに表示

「災禍の果てに」②③ 

赤坂 憲雄(奥会津ミュージアム館長) 「災禍の果てに」〈2〉共生(2020,6,11河北新聞)  連休のころ、カミュの『ペスト』を読んでいた。その文庫本はじつは、東日本大震災のあとに書庫 ...さらに表示

【忘れ語り、いま語り】ただ、忘れないために

 こんなエッセイを、『京都新聞』の2021年元旦の「日本人の忘れ物」と題された特集紙面のために書いた。おめでたい歳の初めの日の新聞には、およそ相応しくない内容の文章を、震災から十年目の世間に突きつけ ...さらに表示

【忘れ語り、いま語り】災禍の果てに①

赤坂 憲雄(奥会津ミュージアム館長)  震災から十年の歳月が過ぎた2020年に、あらためて被災地を歩きながら考えたことを『河北新報』に連載しました。「災禍の果てに」と題された連載ですが、ここに ...さらに表示

【忘れ語り、いま語り】千年の記憶がよみがえるとき

 たしか、風煉ダンスの『まつろわぬ民』2017(作・演出/林周一、白崎映美/主演)という演劇のいわき公演のために、『福島民友新聞』に寄稿したエッセイである。わたしが観たのは、東京の座・高円寺で上演さ ...さらに表示

【忘れ語り、いま語り】古めかしい問いの立て方だ

 パソコンのなかに残っていた文章である。どこかに寄稿したのか、書きかけの原稿として残っていたのか、よくわからない。こういう時事ネタはたちまちに古びてしまうが、あえて記録として留めておきたい。福島県博 ...さらに表示