コウコの家では、カマモトと、驚いたことにカマモトのじいちゃんとばあちゃんも揃って囲炉裏を囲んでいた。
「孫だちの話、聞いたべや」
コウコのばあちゃんがいった。
コウコとカマモトは、おらのことを、ばあちゃんたちに話したらしい。最後の手段だったとコウコはいった。
「いや、たまげたわい。おらいの孫だけの話だば、またへでなしこいでと思ったけんど、コウコもおんなしこと語っからなぁ」
「おらもなんだか思い出すような気がすんだ」
「やっぱ、いらんだわなぁ。あれは大イチョウの神さんだっただわな。おらたちがこめらの頃には、ちゃんと見えてたんだもの」
そういって、三人のじいちゃんとばあちゃんは、コウコとカマモトの中間の、ちょうどおらが座っているあたりに目を凝らした。
その冬、村の年よりたちが村長にかけあうと、どういうわけか村長はあっさりと大イチョウを伐採する件を引き下げた。噂によると、大イチョウの神さまが毎晩夢に出て、「伐るな伐るな」と騒ぐので、だいぶ参っていたらしい。
おらの大イチョウは残されることになった。人々の生き死にに、さんざん立ち会ってきたが、おらにもいつかは終わりがくるのだと、今は少し清々した気分だ。
雪がとける前に、カマモトは父ちゃんと母ちゃんが迎えにきて、村を出て行った。人前では絶対に泣かないコウコが、珍しく目を真っ赤していた。
「いつか、ここでのこと全部、母さんに話すよ」
そういってカマモトは手を振った。草と違って、冬の間もカマモトは背が伸びていた。
コウコは五年生になった。毎日、新築の公民館に来て、大イチョウの下からおらを呼ぶ。前と変わらず、おらたちは一緒に遊んだが、コウコは高学年になって、新しい友だちもできた。コウコは少しずつ大人になっていった。
それから二年が過ぎた春、中学の制服を着て、コウコはいつものように大イチョウの下からおらを呼ぶ。
「チイちゃん、いっかよ?」
「コウコ、おらはここにいるよ」
おらがコウコの隣で背中を叩いても、コウコは大イチョウを見上げたままだ。
「チイちゃん、チイちゃん、どこにいんの?」
毎日、コウコはおらに会いに来た。
「チイちゃん、どこにいんの?」
「おらはここだよ」といって、おらはコウコの手を握る。それでもコウコは気づかない。
「なぁ、チイちゃん、いんの? 顔見せて返事してくんつぇ」
「コウコ、おらはここだよ。ほら」
おらは何度も答えるが、おらの声はもう届かない。
「なあ、チイちゃん、これな」
コウコはずっと前にふたりでつけた背比べのひっかき傷を指でなでた。
「こんなにちっちぇがったんだな。ごめんな、チイちゃん。おら、もうチイちゃんが見えなくなったみたいだ」
コウコの瞳から涙があふれた。
コウコは中学を卒業すると、町の高校へ通うために村を出た。それでも休みに帰ってくるたびに大イチョウを見上げては目をこらす。「大人になんか、なっちゃぐね」といっていたチビっこコウコは、見るたびにきれいになっていった。そしておらの鼻の奥は、なんでだか、勝手にツーンとなるのだった。
村も変わった。若いものたちは、村を出て行ったきり帰ってこない。大イチョウの周りには、遊び回るこどもより、車が並ぶようになった。そしていつの間にか、村からこどもらの声が消えた。赤ん坊の産声も、長いこと上がることはない。
おらの意識はどんどん遠く薄くなっていく。しまいには小さな光の粒になって、眠りの中をぷかぷかと漂っていた。おらはおらであることすらわからなくなっていた。
「チイちゃん! チイちゃん!」
靄(もや)を破るようにどこからか声が聴こえる。
「チイちゃん!」
おらは不意に目を覚ました。
ああ、赤ん坊が生まれてくるのだ。コウコの赤ん坊が!