山響だより③虫の声が響いた夏休みー只見で出会った親子の三日間 | 奥会津ミュージアム - OKUAIZU MUSEUM

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山響だより③虫の声が響いた夏休みー只見で出会った親子の三日間 NEW

2026.08.15

鈴木 サナエ(すずきさなえ)

 東京のWさん親子三人で、三泊の予約をいただいたのは、一か月以上前のことだった。五年生のH君は、大の虫好きらしく、食事は大人と同じでよいという。七月末になれば梅雨も明け、庭のセミも賑やかに鳴き、池には大きなミズカマキリもいる。そんな季節に虫好きの子が来ると思うと、私は少しウキウキしてその日を待っていた。

 ところが七月末になっても梅雨が明けず、不安定な天気が続いていた。それでもWさん親子は颯爽とやってきた。車から降りたH君は、まず丁寧に「お世話になります」と挨拶し、すぐに池を覗きこんでいる。中央の石の周りに群がるモリアオガエルのオタマジャクシを見つけ、「捕っていい?」と、聞いてくる。近くにいたミズカマキリと一緒に早速、採集箱に入れていた。

 夕食の席では「只見にタガメはいるか? ゲンゴロウは? ヤママユはどこにいる?」
と、矢継ぎ早に質問が飛んでくる。虫のことは、さっぱりわからない私は、玄関に飾ってあったヤママユの繭を差し出しながら、
「只見はいまだにアメリカザリガニが入り込んでいない貴重な場所らしいから、いろんな虫たちがたくさんいる。明日は雨だから、まず、ブナセンターに行って概要を知ってから、フィールドに行くといいんじゃない?」
と伝え、我が家の栗林や、以前只見小学生たちが水中昆虫の観察につかっていた山際の休耕田を案内した。

 H君は夕食後も、朝食前も両親と一緒に籠とアミをもって散歩に出かける。翌一日目はアドバイス通り、ブナセンターで館内をめぐり、水路や池のある庭を回って、休耕田で、いくつかの昆虫を採集した。その後は、ブナセンターの付属施設の「ふるさと館田子倉」で、簡単な器具を使って綿花の綿と種を分ける体験をし、お母さんは、念願のマタタビの米とぎ笊を買い求められ、嬉しそうだった。

 夕食時、今度は私から「なぜ、只見だったのですか?」と尋ねてみた。
「数年前、神皇正統記の原本が只見で発見された記事を読んで、ずっと来たかったんです。家族旅行で東北は初めてですが、虫好きの子供と来られてよかった」
 ご両親は日本の古典文学の愛好家らしい。それならば二日目は『ただみ、モノとくらしのミュージアム』がピッタシだ。ここは希望すれば収蔵庫も見せてくれるありがたい施設だが、今回はそこまでの時間はなく、次回にとおっしゃる。お昼は会津朝日が岳の登山口にある『イワナの里』でイワナ釣りを楽しみ、釣ったイワナを炭火で焼いて食べたそうだ。大の魚好きのH君には、何よりのごちそうだったに違いない。

 夜の散歩では、H君は樹の葉の中に潜む青くて少し可愛い大きめの幼虫を見つけてきた。ご両親には見えないのに、H君にははっきり見えたらしい。やっとの思いで捕獲し、
「これはギンシャチホコの幼虫かアカギンシャチホコかわからない」
と言っている。図鑑でしらべるとギンシャチホコだったそうだ。捕獲した虫をいちいち見せてくれるH君が愛らしい。
 最後の夜、お父様は「只見は面白いところですね」と繰り返しおっしゃる。私はこれが当たり前の只見、と思っているから、「結局、それを見つけ出す人がいるってことなんじゃないですかね」とか、わかったようなことを言ったが・・・

 夕食のデストロイヤー(グラウンドペチカ)という種類のジャガイモをに味噌を絡めただけの料理の味噌が旨い旨いと食べてくださるので、今度は味噌から只見の食生活の話題に広がり、翌日は芋掘り体験もすることになった。
翌朝、小雨がぱらつき、H君は少し疲れ気味で、初めて朝の散歩に行かないでいた。それでも芋掘りはやる気満々の様子。ドクダミで作った虫よけスプレーをふりかけ、手ぬぐいをほっかぶりしたH君とご両親が鍬やスコップを手にする姿はおぼつかないけれど、大汗をかきながら楽しんでいた。収穫したジャガイモはトマトやキュウリ、ナス等の夏野菜と一緒に持ち帰ってもらった。帰りには味噌も買っていってくださったと聞いた。

 H君を見ていると、小学生の頃の孫たちを思い出す。夏休みに来たときは、夜ごと橋を巡って、カブトムシを捕り、蒲生岳にも浅草岳にも登った。それでも、もう少し時間的な余裕があればよかったと、悔やむことも多い。

 三日間のあいだ、H君は虫を追い只見の自然と向き合い、ご両親は文化や暮らしを通して只見の奥深さを感じてくださった。家族それぞれが違うものを見つけながら、同じ夏休みを過ごしているのが、なんだか微笑ましくもあり、羨ましかった。
 長かった梅雨が明けようとする朝、去っていく姿を見送りながら、只見の夏はこうして、いつまでも誰かの記憶の中に刻まれていくのだなあと、しみじみと感じていた。

 この同じ時期に熊本では直下型地震よる甚大な被害が生じていたのだった。前回の地震から10年、やっと復興の姿が見えてきた暮らしが、再び崩れ、尊い命が奪われた。
Wさん親子を感謝と共に見送った後、被災された方々のご無事を心から祈った。