とうほく再発見 民具との呼吸 | 奥会津ミュージアム - OKUAIZU MUSEUM

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とうほく再発見  民具との呼吸 NEW

2026.06.15

遠藤 由美子(えんどうゆみこ)

 「ちょっこら畑見てみっか」
 青梅雨の中で、畑の作物の緑は力強く黒い土を覆っている。午睡からまだ覚めやらぬ風の村の古老は、少し腰をかがめたまま玄関に掛けてあった雨蓑をひょいと羽織った。さらに雨避けの笠をかぶり、腰にはヒロロ(ミヤマカンスゲ)で編んだスカリ(籠)を巻きつけた。長靴に足を入れる頃にはすっかり農作業への気合が充満している。

 笠に雨蓑、スカリ、長靴。
 これらは雨や雪の日の作業には欠かせない農の装束である。とりわけ梅雨時の雨蓑は、身体を濡らさず蒸れることもないので、快適に仕事ができるのだという。
「ナイロンのような雨ガッパは、蒸れて身体に張り付いて、不愉快なことこの上ねぇ。あんなんじゃ仕事になんねぇがなぁ」。
 不思議そうに首をかしげながら畑に向かう足取りが軽い。
 ヒロロで編んだ雨蓑にはさまざまな工夫がなされている。背と肩を濡らさないように両肩を広くはね上げ、堅く編んだ背の部分からはイカと呼ばれる三つ編みの紐が何本も垂れ下がっている。雨のしずくを下へと誘導するためだ。
スカリには鎌をそのまま差し込んだ。堅く編んであるから、刃が突き抜けるようなことはない。30年も前に作ったという草の背負い籠はどこにも綻びが無かった。近くだからと無造作に腰に巻きつけて歩き出した姿は、午睡を中断したときとは打って変わって、まるで壮年のように活き活きと大きく見えた。
 体に馴染んだ枯れ草色の装束が、雨を含んだ鮮やかな緑の中に落ち着いた安定感を漂わせるのはごく自然のことだ。土から生え出た草を何十年と纏って土に立つうちに土に受け入れられた、それは勲章のようなものかもしれない。
 山に入るときは、ブドウヅルが最適だ。柴木などを背負う強靭な荷縄も、ブドウヅルの鬼皮を綯って作る。ブドウ皮の縄綯いは手のひらが血だらけになる過酷な作業だが、ソリ曳きにも使う強靭な縄は、荷や体に沿ってゆるやかに太さを変えた、芸術品ともいえる美しい輝きを纏っている。しかし、この美しい縄を作る人は皆無となった。両手を血だらけにしてまで鬼皮を活用したとしても、それを使う場も、人もいなくなったのだ。勿論、売れはしない。

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 冬の手仕事に丹念に作られる民具は、暮らしの中のそれぞれの作業に最適なカタチと機能性を深めて、無駄も不足もない。こうした手仕事の技術は「ものづくり」の楽しさや副収入の魅力から、確実に継承されてきた。しかし、生活の中の必然としてこうした民具が使われる機会は激減した。長く生活工芸運動を展開してきた三島町では、その趣旨を、使う民具から売るファッション民具へと変貌させた。このことは、暮らしのさまざまな場面で民具の必要性が希薄になったという証明でもあり、自然素材とその編み組み技術を商業ベースに移行させる契機ともなった。
 軒先に下げられていた多様な生産用具は、家の改築や新築に伴って多くは姿を消した。それでも、野良で土と向き合うには、知恵の宝庫である素朴な民具が最も馴染むと語る人も多い。
 確かに、80歳近い件の古老も、年季の入った雨蓑を纏ったとたん颯爽と腰が伸びた。
半世紀以上をかけて身につけた民具との呼吸である。