【きかんぼサキ第2部 最終回】サキノの眼力 | 奥会津ミュージアム - OKUAIZU MUSEUM

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【きかんぼサキ第2部 最終回】サキノの眼力 NEW

2026.06.01

渡辺 紀子(わたなべのりこ)

 サキノの旅館では一度だけ不名誉な事件が起きたことがある。それは、夫である紀由が亡くなって何年か経ってからのことだ。
 その日はサキノも息子も外出していて、お客様のチェックインの際に家にいたのは私(サキノの娘)だけだった。朝、「今日から2泊泊まれますか?」という突然の電話。そのお客様が到着した際は、急な雨が降り出していた。気を利かし駐車場への車の移動や荷物の持ち運びを提案するが、あっけなく断られてしまう。2泊というのに、荷物は紙袋1つだけだった。
 サキノと息子の譲も、夕食の提供時までには戻っていた。お客様の夕食が始まって少し経った頃だった。サキノが
「あの一人のお客さん、ちっとおかしくねぇか?」と。
「どこが?」
 と尋ねる私に、サキノは           
「どこって言われたって言ってみるよねぇが、なんだかおかしな気がすんぞ」と。
 その方はとりたてて変な行動もしていない。何か言いがかりをつけてきたわけでもない。ただ淡々と食事をとっていただけだった。夕食前も会話をしていた私は
「いい人だと思う。だって前からずっとここに来たくて、明日親戚まで連れてきてくれるんだって」。
 そう答えていた。結局、その方は滞在中私にしか話しかけていなかった。
 次の日、フロントに誰もいない合間にするりと出掛けて行ったその方は、いくら待っても帰ってくることはなかった。それもそのはず、これまで各地で無銭飲食を繰り返してきた常習犯だったのだ。旅館始まって以来、初めての出来事だった。

 現場検証に加え一連の状況を話す私の話からは、不審な点がいくつもあった。それらを早くキャッチしていれば、未然に防ぐか、ここで逮捕出来たかもしれないと、よく知る駐在さんが、今後の私に親切にアドバイスを下さっていた。その様子を見ながら、サキノは黙っていられなかったのだろう。
「ほんに、あんぽんたんな子であやまっちまぁ(ほとほと参る)。おらは最初っからおかしいなぁと思ってただが、いい人だなんて言ってんだ。こぉだ厄介かけてすんませんでした」と。
 去り際に駐在さんが私にこう呟いた。
「お母さんの人を見る目、あの目は信じないといけないよ」と。
 それまでの和やかな顔が一瞬きりっとした。警察官として一番伝えたいことはこれだったのかもしれない。これまでこのサキノの目という見えない力で、未然に防がれていたことがどれだけあったのだろう。

 また、旅館にはこれまで多くのパートやアルバイトの人がきてくれていた。地元にある川口高校生が大勢きた時期があった。初めてのアルバイトという子がほとんどだった。サキノは容赦なく叱る。
「おめぇは挨拶も出来ねぇのか!何のために口ついてんだ!そぉだ蚊のなくような声で、お客様に聞こえるわけあんめぇ!」
 親にも言われたことのない言葉だろう。ところが日々真剣に眺めている中で、その子の輝く瞬間がある。サキノの鋭い目は、それを見逃さなかった。
「おめぇみてぇなボンクラでも、なんだって美しい盛り付け出来んだわな!」とか
「ちっと仕事はのろいが、本気で汗かいて走り回ってっとこは大したもんだぞ!」とか。
 どの子も可愛くて仕方がない。本当に良くなって欲しくてたまらない気持ちの裏返しが、あの直球だらけの言葉なのだ。あのズドンとくる直球攻撃に耐え、サキノの猛烈な愛情表現を理解した子たちは、見違えるような成長をしてくれた。そんな子たちは、今でもかわるがわる顔を見せに来る。相変わらずサキノからはボンクラ呼ばわりだが、なぜだか足が向いてしまうらしい。

 夫を亡くしてからというもの、サキノは社長として、女将として、宿の前面に立ってきた。もとよりきかんぼで通してきた人生ゆえに、突然前面に躍り出たわけでもない。ただ、女だてらにと思われた場面は山ほどあったに違いない。
 現在旅館を継ぐ息子の坂内譲(57歳)が、ふとこんなことを語った。
「父親が亡くなって母親があぁいうきかんぼの性格だったから、何とか今まで続いてこられた部分はあると思う。こうと思ったら進んでいっちまうからなぁ。社長として前面に立ってやってくれた。でも、やっぱり父親の楯とは違う。何にもしなくてもあの父親の存在が見えない楯になってたんだなぁと、つくづく思うことあるよ」と。
 あのお人好しの父親が後ろにいて、その前で豪快なきかんぼが、ばっさばっさと薙刀を振るう。そんな構図だったのかもしれない。
「あぁだお坊ちゃんのお父さんでも、やっぱいねぇとなんねぇ人だったんだわ。いなくなった時、世間から来る風が強くなった。何だかんだ言ってもおらだれの楯になってくれてたんだわな」。
 ふっとサキノが呟く。それぞれが同じ思いを秘めていたのだった。

「人生いろいろだったなぁ。嫁に来て良かったことか?毎日こぉだいい温泉に入られる。それが一番!あとは、なにほど色んな人にいっきゃわせて(会う)もらえたなぁ。それはここでねぇと出来なかったことだ。あとはなんだべなぁ。他にあったべか?あっというまの80年だ。ハハハ」。
 足腰は以前のようにはいかない日々を送りつつも、口では負けたくない。息子にも負けじと対抗する。弱った自分を見せることも癪にさわるのか、素直に医者にも行かない意固地さがほとほと家族を困らせる。きかんぼの精神と現実の肉体が一致しない、ジレンマの日々だ。でも、きかんぼサキを愛する人を前にした時、水を得た魚のようにサキノ節が炸裂する。やっぱり死ぬまで“きかんぼサキ”のままでいくのだろう。

         さたぁねぇなぁ~
 苦笑いしながら呟く紀由の声が、天の方から聞こえてくるようだ。

 サキノの宿・恵比寿屋は、今年、創業以来106年目を迎えた。今日一日をなんとか越したという思いを重ねてきた日々であった。

                    完