山響だより②旅人が教えてくれた<帰ってくる場所> | 奥会津ミュージアム - OKUAIZU MUSEUM

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山響だより②旅人が教えてくれた<帰ってくる場所> NEW

2026.06.01

鈴木 サナエ(すずきさなえ)

 まだまだ雪の中の2月初め、Jさんという方から4月末の予約が入った。流暢な日本語なので日本人かと思ったら、日本在住のイギリス人で、イギリスに住む父親と一緒に只見線に乗って、只見を訪れたいのだという。昨今のインバウンドの波は、こんな山あいの小さな農家民宿「山響の家」にもたまに、外国の方がお泊りになる。相手の言葉はわからなくても、今は携帯電話が簡単に翻訳してくれる。とはいえ、やはり言葉の壁には、いつもちょっとひるんでしまう。今回は全く心配なさそうなので、安心して受けた。

 さて4月末、例年よりは雪解けが早いとはいえ、只見線で会津若松から只見に向かうにつれ、山々の緑はだんだんと淡くなり、浅草岳や横山にはたっぷりと残雪が輝いている。遅咲きの桜もまだ見ることができる只見に降り立った時の気持ちを聞きそびれてしまったけれど、今までとはまるで違った異世界に感じられたに違いない。
 大きな荷物を背負って我が家にたどり着いたお二人は、スマートな紳士だった。最近は日本人でも背の高い人が結構多く、鴨井の下を通る度、背中を丸めなければならないのと、我が家は今でも座卓を使っているから、長い脚の置き場に困ってしまう人を見るにつけ、いつも申し訳なく思ってしまう。お二人は緑茶で一息ついた後、早速、近くの保養センターでお風呂にゆっくりとつかり、温まっていただく。その後、完全日本食の夕食はお二人とも完食だったのでほっとした。
 

 食事の間、私と同世代のお父様から、たくさんのイギリスの今のお話を聞くことができた。お父様は仕事をリタイアし、今は趣味のテニス、ガーデニング等などで過ごし、日々退屈することはないという。ビートルズは完全に過去の存在になってしまったけれど、メンバーの一人のポールは今でもエンターテインメントとして頑張っていること。そして何より驚いたのは、イギリスでも最近では宗教離れが進み、毎週教会に通う人は全体の1割ほどで、無宗教の人が増えている、というお話だった。
 

 翌朝の朝食はやはり納豆はお二人とも苦手なようで、その他のすっぱい甘梅も、残さず、すべて食べてくださった。雑談の中で「どうしてここを選んでくださったのか」、と訊ねると、「Googleの評価が高かったから」、とおっしゃる。そういえば昨年お泊りのイギリス人とオーストラリア人の若いカップルが、Googleに投稿してくれたレビューを思い出した。ここで、思いがけず役立っていたのだ。

 そのカップルのAさんから電話が入ったのは、昨年の11月、宿泊当日だった。駅に降りたものの泊まる宿がないのだという。別な用事で忙しかったが、あまりに困り果てた様子に、断るに断れず、朝食だけなら、と言って引き受けることにした。部屋に入るなり、二人は布団を「マットだ!」と言って大喜びで、早速布団を敷いて寝転がっている。古い箪笥の上の衣装盆に畳んであった、ほとんど着る人もいない男性用の浴衣を見つけて「着ていいか?」と言って目を輝かせるので、女性用のも揃えた。保養センターのチケットを渡したら、雨の中を私の傘をさして仲良く出かけて行った。二晩泊まって、特別なサービスはほとんど何もしていないと思う。翌朝、清算を済ませて出て行ったら、すぐに戻ってきた。不審に思って、玄関に出ると、なんと近くのお店で買った花束を抱えている。花束で私に「ありがとう!」の気持ちを伝えたかったのだ。なんとスマートなことをするのかと、感心もし、何より、温かい気持ちがうれしく、胸がいっぱいになった。

 去年、もう一人印象に残っているのは、この秋、アメリカから来たばかりの18歳の留学生のA君。流暢とまではいかないが、日本語は不自由なく理解できるし、話すこともできるとは言え、来日したばかりで只見線に乗って旅をする勇気に驚かされた。
 朝になって、「近くにATMはありませんか?」と訊かれたが、ATMが使える銀行が開くまでに、まだ2時間以上あり、その前に、乗車予定の只見線は発車してしまう。チケットは準備してある様子だし、宿賃は「あるだけでいいよ。」と言って、見送ろうとした。それでも只見線を一本遅れて乗ろうとしているのか、なかなか出発しようとしない。仕方ないので、駅まで車で送った。車から降りて見送ろうとしたら、A君はまっすぐ私の目を見て、
「僕また必ず帰ってきますから。」
 と言った。「また来ます。」ではなく、「帰ってくる。」というのだ。この言葉につい泣きそうになった自分が照れくさく、「ほら、早く!」と言って追い立てた。

 こうして思い出すと、国も年齢も違う三組の旅人が、それぞれの言葉で、私の心に小さな足跡を残していってくれた。特別なことは何もない山里の小さな宿だけれど、ここで過ごした時間をちょっとだけ懐かしみ、「また、帰っていきたい」と思ってもらえたら、それだけで充分な気がしている。