菅家 洋子(かんけようこ)
あたらしい春がやってきた。雪解けも、ブナの芽吹きも、桜の開花も、いつもより2週間くらい早い。花農家の仕事も、あっという間に忙しくなってきた。エネルギーに満ちた春のいきおい、移ろいのスピードに、あれもこれもと焦ってしまうけれど、まだまだ先は長い。また雪がやって来るまでの農繁期を、心も体も整えながら元気に過ごしていきたいと思う。
ただ、アメリカとイスラエルによるイラン攻撃に端を発したホルムズ海峡封鎖の影響が、これからどのように出てくるのかということには不安を感じずにはいられない。原油の輸入が滞り、すでに医療や産業の現場で事態がひっ迫していることが報告されている。花農家としては、資材の高騰、注文ができなくなっている物品もあると聞く。さらに栽培した花の輸送が順調になされるのか、またこのような不安定な情勢では、花を楽しんで飾ろうという人も場も減ってしまうのではないかと思う。喜んでもらえる花を育てていこうという純粋な思いだけではいられない、どうしても拭えない不安が影を落としている。
4月半ばのある日、畑仕事を終えて家に戻ると、食卓に春いちばんの山菜「コゴミ」が並んでいた。

周辺で採るにはまだ早い。「これはFさんからのお裾分けだろう」とすぐにピンときた。Fさんはお隣の柳津町からお嫁に来た姉さまで、春になると故郷の集落にコゴミを摘みに行く。その集落の名は「漆峠(うるしとうげ)」。なんとも趣のある、かっこいい名前だ。
”漆峠の入り口には、清水がある。
そこにトチの実がうるかしてあった。
それぞれの家のぶん、いくつものコシゴが並んでいた。
トチの実が流れていかないように、上にはワラが乗せてあった”
(柳津町高森 元テッポウブチSさん)
漆峠には、人に会って話を聞くのが難しかったコロナ禍、奥会津の集落をひとつずつ巡って観察をしていた時期に、はじめて訪ねた。2020年春のことだった。清水が流れ込む水場の前を通り集落のなかを歩いていると、外で作業をしていた大工のおじさんに出会った。おじさんは、山の神さまの場所を教えてくれた。当時の日記には、こんなふうに書いてある。

参道に立って、前を見据えたとき、なんてきれいな場所だろう、と思った。
とても澄んでいて。
階段には、たくさんのエンレイソウ。

「あーいい場所だなぁ。またここに来たい」と思った。
帰りにまた大工さんに会った。
ものすごくいい山の神さまですね!話すと、管理が大変だから、社殿は解体する話があるという。
住む人も少なくなって、みんな年をとって、冬囲いや雪下ろし、修繕も大変になる。
場所を閉じていく。
いつか社殿がなくなって、たとえば祠ひとつになっても。
この場所の空気は、変わらずここに、あるような気がする。

漆峠のことを思い浮かべると、心がしんと落ち着いて、何かに守られているような心強い気持ちになってくる。山の神さまのことは時々ふと思い浮かんで、その度に、どうしているかな、雪で壊れていないかな、と思っていた。この春久しぶりに、漆峠を訪ねてみよう。参道をゆっくりと歩き、あの静寂を、これからに向かう心に宿したい。