渡辺 紀子(わたなべのりこ)
どうしてここに、こんなものが?といった、皆目見当のつかないものがサキノの旅館に飾られている。それは何やらとても立派な楯だ。年末に毎年決まる日本レコード大賞。その際に受賞者が頂く楯が、4枚も旅館のロビーに飾られているのだ。1枚目が「天使の誘惑」、2枚目が「北酒場」、3枚目が「恋のフーガ」「霧のかなたに」、等々。さて、これらの楯にはある共通点が…そう、この受賞作品は全てなかにし礼さんが作詞した作品なのだ。そんな大変なものが、こんな山奥の旅館に飾られている。


それは思いがけない出会いだった。大韓航空にお勤めで時々いらっしゃるお客様が、ある時何気なく連れて来られた方が、今回の楯の寄贈者中西康夫さんだった。この中西さん、実はなかにし礼さんの息子さんだったのだ。
誰もが知る温泉地でも、観光地でもない。そして、誰もが知る有名人がいるところでもない。一体どんな誘い文句で中西さんを奥会津にお連れしたのだろう。何だか分からないうちに連れて来られてしまった。さしずめそんなところだったに違いない。
サキノの家族、そして地元の仲間たちが集まり、楽しく過ごした一夜だった。そこでもサキノはいつもと何ら変わらない。
「なかにし礼って名前は聞いたことあんが、どぉだ人かなんてよくは分かんねぇわい」
息子と同年代の中西さんに対し、全く遠慮なしに放たれる言葉の数々。さぞ面食らったことだろう。

なぜかそれから中西さんは、頻繁に奥会津へ訪ねてくれるようになった。中西さんが音楽関係の仕事をなさっているということで、サキノの息子も何かと地域のイベントの相談を持ち掛ける。自ずと奥会津へ足を向けざるをえない状況を作られてしまった感も大いにある。
最初のうちはお客様だった。そのうち人手が足りない様子を見かねて旅館の仕事をちょこちょこと手伝って下さる。気さくで面倒見がよくフットワークの軽い中西さんが、お客様と友人の中間のような存在になるのに、そう時間はかからなかった。いつの間にか調理場で家族と一緒に食事をとる機会も増えてきた。家族の箸を入れておく箸立てには、自然と中西さん用の箸も加わっていた。手が足らずお客様の布団敷きに向かう中西さんに、
「お客様がまんま食ってるうちに、さっさと敷いてくんだぞ!モサモサしててはダメだかんな!」
サキノからはこんな指令まで飛び出す始末だった。奥会津へと足が向いてしまうのは、都会でのストレスを癒すため、と誰もが思うに違いない。でも実態は、まるで実家に帰った息子がいきなり仕事に駆り出されているかのような日も多く、これを癒しと呼ぶにはかなり無理がある。真相は中西さんしか分からない。
「この間おやじにこう言われたんだよね。お前、奥会津に女でもいるのか?ってね」。
中西さんがふと呟いたことがあった。
「いるって言ったらよかんべ!おらもれっきとした独身だぞ。ハハハー-」
サキノが間髪入れず答える。中西さんも笑うしかない。
中西さんの奥会津通いは今でも続いている。中西さんの人柄は長い年月の間に沢山の仲間や知人を増やし、今では近隣の町のイベントにまで協力して下さる人となった。
ある朝のことだ。中西さんが起床する前、テレビでなかにし礼さんの特集をやっていた。食い入るように見ているサキノ。特集が終わり、中西さんが朝食に起きて来ると
「これはこれはご子息様、ゆっくりお休みになられましたか?」
と、サキノが声を掛ける。サキノ劇場の始まりだ。うやうやしくご飯、みそ汁…と、そして今見たテレビの感想を丁寧に語りだす。中西さんはいたって淡々と朝食をとる。それもそのはず、これは恒例の寸劇なのだ。サキノはなかにし礼さんをテレビで見ると、そうだそうだと思い立つのだろう。その後中西さんが訪ねて来ると、決まってこんな芝居じみたことをやり始める。突然の仰々しい態度も見慣れたもので、あ~また始まった、とその様子を横目に見る中西さん。こんなシーンを何度見たことだろう。このご子息様劇場の大きな特徴は、驚くほどに短いことだ。ご子息様であることは認識しているよ、というアピールが終わった時点で、サキノの中では通常モードに即切り替わってしまう。
「ボンボン丸(いつの頃からか、そんな風に呼び出した)は今日は何すんだ?」
こんな調子で、さっきの態度が幻のように消えてしまう。
「サキノさんの“ご子息様”は、5分と持たないからなぁ」
なかにし礼さんが亡くなられた後、別荘を整理していた中から持ってこられたのが4枚の楯だった。ここに飾って色んな人に見て貰おうかなとのこと。
中西さんが帰京する際、サキノがいつも持たせるのが白いご飯だ。会津の米は美味しいと言う中西さんに、ご飯だけは必ず手土産にするのが定番となった。本当の息子が一人いるサキノだが、何だか息子のように可愛くて、時に息子より可愛いボンボン丸のようだ。
今年も母の日がやってくる。“サキノさんへ 中西康夫より” 今年もまたこんなお花が届くのかもしれない。