渡辺 紀子(わたなべのりこ)
会津の名刹、福満虚空蔵尊の門前町として栄える柳津町に、斎藤清の美術館が開館して29年となる。柳津町は斎藤が晩年の10年間を過ごした町。その地を流れる清流只見川の河畔にたたずむ美術館は、作品を紹介するだけでなく、会津の情景や風土をも感じさせる心地よい空間にもなっている。斎藤作品の生み出す世界観に、世代を超えた人たちが足を運んでいる。
【斎藤清】
福島県会津坂下町出身の斎藤清(1907-1997)は近代日本を代表する画家・版画家の一人。幼い頃北海道に移り住んだ斎藤は絵画の道にひかれ、24歳で上京。独学で学び、1951(昭和26)年には木版画《凝視(花)》が日本人として初めてサンパウロ・ビエンナーレで受賞。以後日本を代表する作家として国内外で高い評価を受ける。
西洋近代美術のモダンな感性と日本の伝統表現を結び付け、古都の風景、外国風景、猫や花、女性などを題材にした多彩な作品を生む。また、代表作《会津の冬》シリーズばかりでなく《稔りの会津》《柿の会津》《さつきの会津》…と会津を題材に沢山の作品を残している。
【古き良きに終わらない、モダンな造形感覚】
斎藤清作品の中でも猫の題材のものは欠かせない。モダンかつポップとも言える人気の作品たちだ。斎藤は国際美術展での受賞を機に、ハニワや仏陀、古都など日本の伝統的な題材にも取り汲んでいるが、それらの作品においても表現はモダンそのもの。どれもが古き良きに終わらない、今なお新鮮な感性に溢れている。この美術館が幅広い年代に愛されているのも、こうした作品たちの存在も大きいに違いない。
町に入った地域おこし協力隊と、子ども向けのワークショップや「やないづの家宝展」など開催したこともあった。若者が広く共感出来る作品があることは、アートによる地域づくりをする上で大きな力となるだろう。
【眼差しが息づくまち】
美術館エントランスから真っ直ぐの通路を進むと、外が見渡せるフロアが現れる。そこから広がる雄大な景観に、しばし息をのむ。鑑賞の後であれば、その景観がまさしく斎藤清が見ていたであろう景観そのものであることの感激が加わるだろう。
斎藤は柳津町で最晩年の10年間を暮らしていた。そして高齢でありながらも、精力的にスケッチへ駆け回っていた。それら作品の光景が、まだ周辺のあちらこちらに残っているのだ。学芸員の伊藤たまきさんによると「町の人の中には、スケッチしている先生に話しかけられた思い出や、様々な先生との思い出を語る方がまだいらっしゃいますよ」と。やはりここは、斎藤が息づき、その眼差しと重ね合わせることが出来るかけがえのない場所なのだ。館内に掲示されている“取材地マップ”を見ると、何だか行ってみたくなる。同じ場に立ちあらためて作品を味わう楽しみが叶うのは、最大の贅沢かもしれない。
【《会津の冬》白と黒の世界への挑戦。その先に見えるものは】
「余分なものはすべて見えなくなるから雪は好きですよォ…」と斎藤はよく言っていたという。作品制作に構図は命と考えていた斎藤は、構図の魅力から雪を描いていたといわれてきた。「オレの雪は郷愁じゃない」という斎藤の発言もあり、よりその考えを決定付けていたのだろう。しかし、本人の思いが郷愁ではないとしても、観た人はその作品群から強い郷愁を感じずにはいられない。どれもあまりに日常的な光景なのだが、なぜか静かな情感が湧いてくる。
このシリーズが最も愛されているのは、それぞれの作品に人の心を動かす力があるからなのかもしれない。
伊藤さんに教えられた。「雪景色の家の周囲に人物が描いてある作品がありますが、家に対して人物をかなり小さく描いています。これは圧倒的な雪の凄さを表現するための工夫でしょう。また、かたちはシンプルでも、そこに陰影をつけることで、雪の重み、さらにはその雪の中で生きる会津人の気配までをも感じさせる描き方をしています。一見単純明快のようでいて、そこにいくつもの深い襞(ひだ)を宿しているからこそ、斎藤清の作品は多くの人の心に響くのだと思います」と。
この会津を冠した“会津もの”といえるいくつものシリーズを観ていると、会津の風土がそこかしこに溢れている。それらの作品に向かった時、美術鑑賞とは違う懐かしい思い出話が交わされることも大いにあるだろう。美術にあまりなじみのない人でも、“気負わずアートを楽しめる”。この美術館からはそんな魅力も感じられる。
【斎藤清美術館のこれから】
開館して30年近くが経ってきたことにより、鑑賞者の世代や裾野の変化も現れてきていることだろう。この時間の経過は代表作の≪会津の冬≫シリーズをはじめ、これまで目にした作品からも斎藤作品の根幹にある“わかり易さ”や“個性的”とも違う視点が見出されるかもしれない。
初めての方も再訪の方も、是非斎藤が制作を行った地であらためて斎藤作品に触れてみて頂きたいものである。
(季刊誌 『ほくりく』より、一部加筆修正し転載しました)