舟木 志子(ふなきゆきこ)
毎年9月の第一土曜日は、檜枝岐村で「歌舞伎の夕べ」が行われる。昨年の9月に友人を案内したところ、とても感激し今年もぜひ鑑賞したいとのことで、9月5日に檜枝岐歌舞伎を堪能した。演目は「一之谷嫩軍記須磨浦の段(いちのたにふたばぐんき すまうらのだん)」。内容は源平合戦の一ノ谷の戦いを舞台に、源氏方の武者、熊谷直実(くまがいなおざね)が我が子と同じ歳ごろの平敦盛(たいらのあつもり)を討つのだが、実は我が子を身代わりにしたものだったという、それはそれは悲しい物語。役者や義太夫の熱演に目頭が熱くなった。
その日は檜枝岐村に宿泊し、美味しい料理と温泉を堪能したのだが、朝食は7:00とのことでゆっくり出発してもあせらずに楽しめるところに行ってみようと友人と相談し、燧ケ岳(ひうちがたけ)の中腹にある熊沢田代まで行くことにした。
燧ケ岳は東北以北では最も標高が高い2356m峰。尾瀬国立公園に位置し、日本百名山にもなっているため標高だけでなく人気も高い山だ。私は2度ほど燧ケ岳の山頂を踏んだが、前回は3年前の8月11日、山の日だった。その日はとても天気が良く、山頂の柴安嵓(しばやすぐら)からは、尾瀬ヶ原や至仏山の眺めが素晴らしかった。中腹にある熊沢田代からは、池塘(ちとう)越しに眺めた新潟の山々、平ヶ岳や越後駒ケ岳などが美しく、いつかあの山々に登ってみたいと思ったものだった。
山に登る人ならわかると思うのだが、自分が登った山を別の山から眺めると言うのは、格別なのだ。「あの稜線を歩いた、あの尾根の登りはきつかった」などと、思い出しながらニヤニヤしてしまう。あれから3年の間に平ヶ岳も越後駒ケ岳も登ったので、そんな自分が登って来た山々をあらためて眺めてみたいと思ったのだ。
9:00に御池(みいけ)の登山口を出発。曇りだが、時折青空ものぞく天気だ。歩き始めから風は強く寒いので、薄手の上着を身に着け出発する。歩き始めこそ寒さを感じたものの、急な登りにすぐに暑くなってくる。それでも6月7月の蒸し暑さを考えれば、9月の山はかなり涼しく快適だ。登山道は整備されているとは言え、樹林帯で日差しもあまり届かないためか、ぬかるんでいる個所も多い。岩や木の根の急登を息が切れない程度にゆっくりと登る。傾斜が緩やかなところでは木道が設置されている個所もあるが、年季が入った木道は濡れていると滑りやすく、要注意だ。
1時間ほど登ると「広沢田代(ひろさわたしろ)」に到着。広々とした湿原には、キンコウカという、夏に黄色い花を咲かせる植物がたくさん見受けられた。花はすでに終わっていて茶色っぽく変色はしているが、花の形そのままに残っている。この植物は秋になると葉の先が赤くなって草紅葉となり、湿原を秋色に演出してくれる。
その先はオオシラビソの樹林帯の中を登っていく。しばらく歩くと草刈り機の音がする。友人と、「こんな風に登山道整備をしてくださる方がいるので、自分たちも安全に安心して歩けることに感謝」と話しながら歩いていくと、作業中の方は知り合いの方だった。檜枝岐村で尾瀬ガイドをやっておられる「尾瀬日和(おぜびより)」を主宰されている方で、前日の檜枝岐歌舞伎の手伝いもされており、2日続けてお会いできたことにびっくりしながらも嬉しくなる。感謝の気持ちを伝え、少し会話をして先に進む。
登り始めから約2時間で熊沢田代に着く。

新潟方面は雲が薄く、越後三山は何とか眺められたが、平ヶ岳は山頂が雲に覆われていた。それでも歩いた途中までの稜線を眺められて大満足。ここで休憩してから下山の予定だったが、強風のため休憩せずに何枚か写真を撮って引き返す。

湿原から樹林帯に入ると風はほぼ収まり安心する。「尾瀬日和」さんが作業しているところまで下っていくと、作業の手を休めてくださったので、先ほどの湿原で食べそこねたおやつを3人で食べながら休憩する。檜枝岐の食事処や昨夜の歌舞伎の素晴らしかったことなどを楽しく会話し、再会を期して下山する。
その後は、滑りやすくぬかるんだ道を慎重にゆっくりと下山。ゴール間際で、御池田代(みいけたしろ)に少し寄り道し、鮮やかな紫色のトリカブトやピンクの可愛らしいオニシオガマなど、季節の花を観賞してから御池の駐車場に戻る。雨にも降られず、予定していたコースタイムで無事に下山できた。
山頂を目指すばかりが山歩きではない。自分がここと定めたところが「本日の山頂」だ。この日は、知り合いにもお会いするという嬉しいオマケ付きで、今回も楽しく充実した山行となった。

コースタイム 9:00御池登山口スタート 10:00広沢田代 10:55熊沢田代 13:00御池田代 13:10御池ゴール