カナイ島へようこそ | 奥会津ミュージアム - OKUAIZU MUSEUM

小説

カナイ島へようこそ

2024.04.15

菊地 悦子(きくちえつこ)

【一】

 はじめは夢の一部だったのだ。「それ」は、夢をまたいで、うつつの五感に現れた。「それ」は、足元から腰、そして胸へ、私の身体を這い、絡み、強弱をつけながら締め付ける。一定のリズムで繰り返される緊張と弛緩の中で、私は不思議な浮遊感に包まれていた。ドクドクと波打つのが、「それ」の心臓なのか、それとも私自身なのか、境界すらもわからない。身体が溶けだすような快感と同時に、総毛立つほどの恐怖があった。
 案の定、じわりと圧が強まり、陶酔は苦痛に変わる。「それ」は、次に私の右腕を捉え、手首から肩まで巻き上げると、一気に力をこめた。血管がつぶれ、血液が行き場を無くしている。

 どれほどの時があったのか、「それ」の気配が唐突に消え、私は圧から解放された。恐る恐る目を開ける。見慣れぬ天井から見慣れぬペンダントライトが下がっている。そうだった。ここはカズコさんの家なのだ。
 部屋の中を見回す。六畳ほどの洋間にベッドと小さなテーブルと椅子がひとつ。窓の下には私のスーツケースが所在なげにポツンとあるきりで、「それ」の姿はどこにもない。
 すべて夢だ。見知らぬ場所にきて緊張しているのだと自分にいい聞かせ、身支度をすませると階段を下りた。右腕は、まだ少ししびれている。
「おはよう、五十嵐さん。よく眠れた?」
 カズコさんは、台所から顔を出していった。しきりに自分の右腕をさすっている。
「起きたら腕が痛いさ。どうしたかね」

                       【二】
                                 
 那覇を発って三十分もすると、飛行機は高度を下げ始めた。眼下のカナイ島がみるみる大きくなる。几帳面に緑をつなげてパッチワークしたような平たくて丸い島を、白い砂浜がレースのようにふちどっている。それがまるで絵本の挿絵のようにかわいらしい。そして海の色だ。クリームソーダを思わせる水色が環礁の島を取り囲み、さらに青を深めながら沖へと続く。その鮮やかな色彩に、私は目を奪われていた。
「きれいな島でしょう。毎日暮らしていてもそう思うもの」
 驚きが思わず小さな叫びになっていたのだろう。那覇からずっと眠りっぱなしだった隣席の女性が声をかけてきた。女性は、私の返事を待つわけでなく、目の前の座席の背もたれに向かって、ひとしきり話し続けた。
「飛行機はきらいさぁ。那覇からカナイ島なんて、あっという間に上がって降りるでしょう。頭がずうっと痛い痛い。ほらほら、こんなにして、いつも落っこちるみたいになるさね」
 機内アナウンスとともに機体は急降下し、なかなか手荒に着陸した。風が強いのだろうか。
棚からスーツケースを下ろすのに手間取っていると、女性は「またね」と言葉を残し、右手をひらひら振りながら去っていった。
「またね、か」
知らない人から親し気にされるのは苦手なのだが、まったく嫌な気がしない。またね、と心の中で小さくつぶやき、女性の後ろ姿を見送りながらふと気づく。彼女は、私に何も問わなかった。どこから来たとも、島は初めてかとも。

 ずっと忘れていたはずの幼い頃の記憶が、突然蘇る。
「ずっと外にいたの? 何を食べていたの? どこも怪我してない?」
ひとりだったか誰といたのか、どこにいたのか、大人たちはいつも私に問いただす。でも何も答えられない。私は本当に何も覚えていないのだから。
なぜ急に、そんなことを思い出したのだろう。旅という非日常の時間のせいだろうか。過去の記憶をふり払うように頭を振り、旧式のタラップで飛行機を降りた。冷房が効きすぎる機内で冷え固まった身体が、外気の熱と湿気の中で、ゆっくりとほどけてゆく。

「シュロロロロ シュロロロロ」
 アカショウビンだろうか。夏が近づくと、山でよく聞いた鳥の声だ。こんなところにまで飛んでくるのかと驚く。ふと森の匂いが立ちのぼった。
 空港の到着ロビーには、「五十嵐倭子様」と名前が記されたボードを抱え、レンタカー屋が私を待っていた。愛想のいい、陽に焼けた小柄な男だった。初めての見知らぬ島で、見知らぬ男が出迎える。エアターミナルで、港で、駅で、名前だけを手掛かりに、何万何千の人々がこんな風に迷うことなく出会っているのだ。そう思うと不思議な気がした。

「車に一応ナビはついてるけど、メインの道路は一周道路と縦断道と横断道だけですからね。迷うってこともないと思うよ。集落の中はごちゃごちゃしてて道も狭いからね。近くに車停めて歩いて行った方がいいですよ」
 予約をしたときに伝えておいた宿の近くの空き地をナビにセットしてあるからと、レンタカー屋は少しややこしく説明した。何度か聞きなおし、やっと彼のいっている意味がわかる。要領はあまり良くないけれど、一生懸命さが伝わってくる。きっと、とてもいい人なのだ。島で初めて出会った人が、この人でよかったと思った。久方ぶりの運転に緊張しながら、わナンバーの軽自動車に乗り込み、エンジンをかける。どこか心配そうな様子で見守るレンタカー屋に軽く頭を下げ、アクセルを踏んだ。レンタサイクルでも良かったのだが、五月の島は梅雨のシーズンだからレンタカーがおすすめだと、本屋でふと手に取った雑誌に書いてあったのだ。

 その雑誌には離島が特集されていて、小さな島の写真が表紙になっていた。青い海と白い砂浜のあまりに美しいコントラストに目を奪われ、この場所に行ってみたいと無性に思った。そう思うと、いてもたってもいられなくなり、休暇をとり、飛行機のチケットを買い、宿を予約し、レンタカーも手配したのだ。自分の中にこんな衝動とエネルギーが潜んでいることに、自分で驚いていた。
「五十嵐さん、珍しく楽しそうじゃないですか? あ、珍しくとかいって、なんかすみません」
 職場の後輩は、笑いながら私にそういった。日ごろ、テンションを低く保つことで、心身の安定を保っている私なのだ。その私が、傍目にもわかるほど高揚していた。長い休みをとって旅に出るなんて初めてのことだった。
 もっとも職場には、祖父母の法事や片付けもあるのでしばらく里へ帰りたいといった。さすがに南の島へ行くので休暇をくれとはいいにくかったし、いろいろ詮索されるのも避けたかった。

 目指す集落は、小さな港のそばにあった。港には、サンゴ礁やウミガメを見せる観光船や、ダイビングとシュノーケルのボートがぽつぽつと係留され、時折、小さな漁船も見える。
「目的地に着きました」と車のナビが告げるので、車から降りて、宿らしい家を探していると、女性が手を振りながら近づいてきた。驚いたことに、あの隣席の彼女ではないか。
「おいよ、やっぱりあなただった。予約の五十嵐さんでしょう。カナイ島にようこそ」
 彼女は宿のオーナーだと告げた。どうしてわかったのかと驚く私に、彼女は、この時期、観光客は少ないし、今日から予約もらっていたからねという。考えてみれば、確かに単純な推理だ。

 女性はカズコオバーと名乗った。女性の年齢はわかりにくいが、どう見たって五十代の半ばくらいだろう。オバーには見えないというと、もう孫もいるのよ、それに、オバーは肩書みたいなものだからと、嬉しそうに笑っている。彫の深い、どこか外国人風の顔だちに白い歯がこぼれた。機内では気づかなかったけれど、ウェーブのかかった髪を無造作にバレッタで止め、海風に吹かれる彼女は、古い映画のソフィアローレンに少しだけ似ていた。やっぱりオバーなんて呼べない。
「うちはね、民宿じゃなくて、民泊。宿っていうより島の親戚の家くらいに思ってもらえたらいいさ」
トランクを引きずり、カズコさんの家へ向かう途中、彼女はいった。そうなのだ。観光協会のサイトから、『島に暮らすように泊まる』というコピーにつられ予約をしたのだった。職場でもプライベートでも、他人と距離を置いて、あまり関わらないようにしているのに、島に暮らすという謳い文句に、なぜだかとても惹かれたのは、私に暮らすという実感がないからかもしれなかった。  

 私が生まれ育ったのは東北の山間部にある村だった。高校を卒業して家を出てからは、ほとんど帰ってはいない。両親は私が生まれて間もなく他界した。私を祖父母に預け、ふたりで町まで買い物へでかける途中、落石事故にあったと聞いている。山あいの村は、落石や土砂崩れの事故が多い。私は両親を知らず、祖父母に育てられたが、その祖父母ももう亡くなった。
 故郷は仮の居場所だったような気がしてならなかったし、上京してからは暮らすというより凌ぐ日々だ。生きるために働き、傷つかないように心を守っているのだ。平均台の上で息をこらしてバランスをとるような人生が、これからもずっと続いていくのだろう。そんな乾いた諦めに、『島で暮らす』という言葉が、すっと染みたのだった。

 カズコさんの家は頑丈なコンクリートでできていた。他の家も大小の差こそあれ、みんな四角いコンクリート住宅だ。
「沖縄のイメージと違うという人もいるよ。沖縄というと、赤瓦の屋根にシーサーが乗っててって。竹富島みたいにね。でもこの島は台風銀座というほど、大きな台風がくるでしょう。昔は茅葺屋根がほとんどで、台風で飛ばされるたびに、みんなでまた建て直したのよ。少しお金がある家は、赤瓦にして得意になってたんだけれど、瓦は飛ばされると厄介。あんまり人気なかったって聞くさ」
 五十年ほど前、大型台風がたて続けにこの島を直撃し、ほとんどの家が吹き飛ばされた。無事だったのはコンクリートで造った馬小屋だけだったと、カズコさんはいった。
「当時、島の男たちは鰹船で南方へ行っててね。ソロモンやパラオあたりで一年漁をすれば、コンクリートの大きな家が建ったから、この辺はみんなその頃の鰹御殿」
 よく見ると、どの家もそれなりの年数が経っているのがわかる。ピンクや水色、黄色や緑とパステルカラーを基調とするペンキで塗られていて、どこか外国の町のようだ。
 カズコさんの家は、外壁がピンクで、窓の回りは水色に塗りわけられていた。塀には波模様がボーダーで描かれている。
「船用のペンキが余ると、それで家や塀を塗り直したりするから、みんな適当(てーげー)なのよ」
 カズコさんはそういって笑った。

【三】

「あがーい、腕が痛いさ」とつぶやきながら、カズコさんは朝食の準備をしていた。私は黙って戸棚から茶碗やお皿を出し食卓を整える。昨晩、夕食の後に片付けを手伝ったから、どこになにがあるかは大体把握している。今朝の夢うつつの出来事など、もちろん話せるわけもない。
 民宿じゃなくて民泊という意味がよくわかった。客は家人と一緒に食事をとり、気が向けば一緒に料理もする。ちょっとした手伝いもする。
「朝ご飯がすんだら、ウタキに連れて行こうね。まず神様にご挨拶しないと。本当は、昨日のうちに行くべきだったんだけれど」   
 ウタキは神の居場所だという。島の人々にとって、とても神聖な所なので、誰でも入っていいわけでなく、立ち入る場合は、必ず神女と一緒でなければならない。神女は、ウタキの神様に選ばれた女たちであり、自分もまたそのひとりなのだと、鍋を手早くかき回しながら、カズコさんはいった。
「はい、ゆし豆腐のできあがり」
 鍋の中には、固まりかけのお豆腐がふわふわ浮いていた。味見をうながされ、ひとさじすくって口に入れる。大豆の香りが立ちのぼり、口の中で豆腐が溶けた。ほのかに海の味がする。
「そうさ、海の水でつくる豆腐だからね」
 ニガリではなく、海水で豆腐を固めているのだ。海がきれいなこの島だからできるのだと、カズコさんは胸を張る。

 食卓には、苦菜の和え物と鰹の刺身も並んだ。刺身には醤油とマヨネーズが添えてある。昨夜は酢と島味噌と玉ねぎで和えてあった。どうやら三度の食事に鰹はついてくるらしい。
 鰹はおそろしく新鮮な上に、ひと切れが分厚い。鰹がこんなにも無臭で弾力のある魚だとは知らなかった。
 島の鰹漁は、南方から島の近海へ漁場を移し、今も細々と続けられていて、獲った鰹は、その日のうちに水揚げされるという。どうせなら、普通にわさび醤油で食べたいところだが、酢と味噌とマヨネーズが島の漁師の流儀らしかった。

【四】

 細い路地が家々をつないでいる。家ができるたびに継ぎ足したような道は、分かれたかと思うと、突然終わるという風で、まるで迷路だ。サンゴ岩を積み重ねた塀にはつるが絡み、丈夫そうな緑の葉っぱでもりもりとしている。カズコさんは、そこから唐辛子に似た赤い実をいくつか摘むと、ポケットにしのばせた。
「これはピィパズ。香辛料ね。おろすとわさびみたいになるよ」
 それなら今夜は、ピィパズと醤油で鰹を食べようと提案すると、カズコさんは意外そうに「へぇ」といった。
 パパイヤやバナナは、隙間さえあれば生えている。実がなれば、誰がとってもいいらしい。
 坂道を登りきった先に、大きなガジュマルの木がトンネルをつくっていた。細い枝は複雑に絡み合って巨大な幹となり、無数の気根を垂らしている。
「はい。ここが神様のいらっしゃるところ」
 ガジュマルのトンネルが、聖域の入り口らしかった。カズコさんはそこで、両掌を上に向け、空を仰ぐようなしぐさをして祈った。私もあわてて真似をする。
 その奥には、うっそうとした森に囲まれた十二畳ほどの空間があった。ざわざわと音をたて木々の間を風が通る。
「シュロロロロ、シュロロロロ」
 賑やかな鳥たちのさえずりの中に、またアカショウビンの声を聞いた。
「子どもの頃、山でよく聞いたんです。こんなに遠くまで飛んでくるんですね」
 そういうと、カズコさんは、これはリュウキュウアカショウビン。内地のとは、ちょっと種類が違うはずだといった。物悲しさを引きずるような鳴き声は、よく似ていて区別がつかない。南西諸島だけを好んでやってくるのには、彼らなりの事情があるのだろう。

 小さな石の台が、一本の木の根元に据えられている。
「この木はクバというの。ガジュマルも神様の木だけれど、クバは特別。神様が降りてくる依り代だから。」
 カズコさんと私は、しばらくクバを見上げていた。クバは、天に向かって真っすぐに伸びている。てっぺんには掌のような形をした大きな葉が重なり合って、いかにも神の台座のようだ。
 ずっと上を向いていて首が痛くなったころ、カズコさんはいった。
「私が初めて神女になったとき、神様がこの木に降りてきたの。それが、神様を見た最初だった。神様って本当にいるんだなぁって思ったよ」
「神様の姿を見たってことですか?」
「そうさ。はっきりと見るよ。神女たちはみんなそう。神様ってひとりじゃないのよ。いろんな神様が降りてくる。女もいれば男もいる。若いのも年寄りも」
「神様が大勢で降りてくる?」
 それじゃまるで七福神だと、カズコさんは笑った。そのときによって現れる神はいろいろらしい。
 神に仕える女には、不思議な力が授けられるのだそうだ。昨日まで、ごく普通に暮らしていた女たちが、神に選ばれたその時から、この世と異界のあわいに足を踏み入れるという。
「私らみたいな存在がいないと、神様だって困るわけよ」
 カズコさんはこともなげにいった。にわかには信じがたいけれども、ここは確かに、背中がゾクリとするような気配に満ちている。神社の静謐とはまったく違って、荒々しく生々しい。むしろ山に似ていると思った。大勢の神々に見られている気がして、私は後ろを振り向くことができない。
 カズコさんは石台に泡盛と塩と幅広で平たい線香を供えると、知らない言葉で祈り始めた。私も彼女の後ろにき、手を合わせる。

(――倭子ぉ、よがった。神様、山の神様、倭子をお返しくださって、ありがとうございます――)

 長いこと閉じていた幼い頃の記憶が、また開く。カズコさんの後ろ姿に、山の祠に祈る祖父母が重なった。
 カズコさんは、高く低く、唄うように祈り続けていた。いつの間にか、あれほど囀っていた鳥たちが静まり、また、ざざっと風が吹いた。

【五】

 ウタキを出ると、強い日差しに目がくらんだ。梅雨入りしたとは思えないお天気だ。家々の屋根の向こうに港が見える。港は青い海を静かに抱いていた。
 お昼のおかずを採りに行こうとカズコさんがいうので、一緒に浜辺へ下りた。サンダルを脱いで裸足になると、珊瑚が細かく砕けパウダー状になった白砂がさらさらと足をくすぐる。声を出して笑いたくなってしまうほどの気持ちのよさだ。
 グンバイヒルガオの群落が蔓を伸ばし、赤紫の花をぽつりぽつりと咲かせていた。葉っぱの形が相撲の軍配に似ているのが名前の由来だそうだ。カズコさんは、その葉っぱを摘みながらいった。
「お昼は島の野草の天ぷらだよ」
 ゴツゴツした幹をくねらせるモンパノキからは、新芽と花の蕾を採った。白い蕾は、小さなカリフラワーによく似ている。ハマダイコンや自生の苦菜も数枚摘んだ。

 カズコさんは、野草や薬草に詳しかった。体調を崩しても、多少のことでは医者にはかからず、たいがいは摘んだ草を煎じたり食べたりして直してしまうのだという。そういえば、祖母もそうだった。暗い納屋の棚には、薬草を漬けた瓶がいくつも並び、中身がわかるように手書きのラベルが貼ってあった。祖母は、火傷をした、咳が止まらないといっては、そこから瓶を取り出して、患部に付けたり飲んだりしていた。私はその独特の匂いが苦手なのと、納屋が暗くて怖いので、気味の悪い黒魔術のようだと思っていたのだった。

「ウタキには、伝説があってね」
 衣を薄くつけた摘み草たちが、天ぷら鍋の中でジュッと小気味よい音を立てている。
「昔、島に美しい一人娘がいてね。その娘のところに毎晩、若くて姿のいい男がこっそり通ってきたって。そのうちに娘のお腹が大きくなって、親はもうびっくりよ。昔も今も親の心配は一緒さね。相手は誰かと聞くけど、娘は男の名前も何もわからない。そこで母親は、男の着物に糸を通した針を刺しておけというわけ。次の日、糸をたどっていくと、着いた先がウタキだった」
 嫌な予感がした。
「そこには大蛇がいたの。大蛇が若者の姿になって、夜な夜な娘のところに通っていたんだね。あれ、どうしたの、五十嵐さん? 大丈夫?」
 私は青ざめ、震えていた。
「それで、娘さんは子どもを産んだの?」
 気分が悪いのかと心配するカズコさんに、大丈夫と答えて私は聞いた。椅子の背もたれをきつく掴んでいても、手の震えが止まらない。
「大蛇は、自分は島立ての神で、娘は三人の女の子を産む。その子たちは島の守り神だから、三歳になったらウタキに連れてくるようにと告げたの。大蛇のいうとおり、娘は三人の女の子を産み、三年後にウタキに連れて行くと、そこに大蛇が現れた。子どもたちは大喜びで首と胴と尾に抱き着いて、そのままウタキの奥に消えたんだって」
 私は、ふうーっと大きく息を吐いた。
「それじゃ蛇の子たちは、島の神様になったんですね」
「ウタキに籠って祈っているときに、女の子の神様たちを時々見かけるから、きっとそうだはずよ」

 カズコさん自慢の島の野草天ぷらは、ザルに美しくこんもりと盛られていた。食卓には、豆ごはんとアーサの味噌汁も並んでいる。私たちは向かい合って「いただきます」をいい合った。だが、私はすっかり食欲を失っていた。
「さて、今度は五十嵐さん、あなたの番。その胸につかえてること、全部話してみなさい。このカズコオバーに」

【六】

 今まで誰にもいえなかったことを、カズコさんには聞いてほしいと思ったのはなぜなのだろう。神を知るという彼女に、私の奥の何かが、すがりたがっているのかもしれなかった。私は、食卓に飾られたハイビスカスの赤い花を見つめながら、語る言葉を探していた。

「私、子どものころ、山で神隠しにあったんです」
 それは、私が三つの年になる五月。ちょうど今頃の季節だった。山菜を採りに行く祖父についていった私は、忽然と姿を消したそうだ。
「ずっとそばにいたんだ。よく、ちょっと目を離したすきになんていうけんど、目も離してねえんだ。そごにいだものが、まばたきもしねえ間に消えっちまったんだもの」
 祖父はいった。消防団や警察が三日三晩捜索したが、私の行方は杳(よう)として知れない。いきなり消えたという祖父の言い分を信じる者は少なく、じいさま、呆けっちまったんじゃねえのか、息子夫婦を亡くした後に続いて孫だもの、おかしくなってもしょうがねえと、村の人たちはさまざまに噂をした。祖父は、彼らの言葉に傷つくよりも何よりも、「いきなり消えたんだから、いきなり出てくるはずだ」と、狂ったように山を歩き回ったという。
 幼かった私は、当時のことは記憶にない。覚えているのは、私は山の祠の前にいて、祖父母に抱きかかえられていたってことだ。ふたりが震えながら大泣きしているのを見て、どうしたのだろうとぼんやり思っていた。私がいなくなってから二週間後のことだった。

「二週間ね。それじゃ村は大騒ぎだったはずね」
「いなくなった時よりもっと大変だったみたいです。毎日、たくさんの大人の人からいろいろ聞かれたけれど、私は、みんなが何をいってるのか全然わからなくて、ただ怖くって」
 後になって知ったことだが、連日地元のニュースや新聞で報道されたらしい。「奇跡の三歳児、二週間の謎」と、マスコミはセンセーショナルに取り上げるものだから、祖父母は周囲の好奇の目から私を守るために、ずいぶん苦労をしたと聞く。
「怪我もなく元気だったそうです。三歳になったばかりの子どもが、どうやって山で二週間も生き延びられたのか、誰かと一緒だったんだろうと」
「人さらいにあって、その人さらいが二週間後、あなたを返しに来たとか?」
「そんな風に思う人が多かったみたいです。でも祖父は、絶対そんなことはないと。ずっと一緒にいたのだから、誰かが近づいてきたら分からないはずがないと、いつも怒ってました」
「あなたは何も覚えてないわけね」
「二週間のことは、まるで何も」

 しかし、その後の日々のことは、忘れようにも忘れられない。幼児失踪事件は、本人の無事が確認された時点で解決したが、周囲にとって、私は『普通の子ども』ではなくなった。さまざまな憶測に飽きると、誰がいい出したのか、五十嵐家の伝説なるものが飛び出した。
「五十嵐さんのお家の伝説?」
「村に伝わる話です。娘のところに若い侍が毎晩やってきて、娘は身ごもる。どこの誰ともわからないから、糸をつけた針を着物にさして、糸をたどっていくとそこにいたのは沼の神の大蛇だった……」
「あがい、ウタキの伝説と同じだ。北と南と、こんなに離れているのにねぇ」
 カズコさんは、目を丸くして、いかにも感心したようにいった。
「でも、結末は違うんです。娘が産んだのはひとりの男の子で、大人になって強い武将になった。五十嵐家の祖先は、その蛇神の子だというんです」
 蛇の子孫だから、倭子は山で蛇になっていた。蛇だから二週間、飲まず食わずでも元気に生きていたのだと、誰かが冗談半分口にした。

 蛇っこ。それが、私についたあだ名だった。
「蛇っこ、蛇っこ!」
 悪童たちは、家の前で叫んだ。祖父は「こらー!」と怒鳴って飛び出すが、すばしっこい子どもらの姿は、きまってもうないのだった。
「あのこめら、今度ぶんなぐってやんべ」
 そういって祖父は悔しがった。
 私が外でいじめられると、祖母は、私の背中をさすりさすり、「むずせぇなぁ、むずせぇなぁ」と泣いた。むずせぇとは、土地の言葉で哀れという意味だ。
 学校にいくようになると、今度は蛇女と呼ばれ、いじめや悪口は中学になっても続いた。
 あるときは、私の椅子の上に、蛇の抜け殻が置いてあった。「五十嵐脱皮!」とはやしたてる生徒たちを咎めるどころか、先生は、「お、五十嵐、少しでっかくなったんじゃねえのが?」と笑った。
 長年のいじめから身を守るため、私はしゃべらない子どもになった。異質な存在に徹することで、直接いじめられることはなくなったが、周囲はますます離れていく。怖い。気持ち悪い。今度はそれが私に向けられた感情だった。

 高校は少し離れた町まで通った。私のことを誰も知らない学校へ行けば、普通の高校生のように過ごせるかもしれないと期待したのだ。しかし噂は執拗についてくる。初めて仲良くなった級友から、「倭子は蛇女だって、まさか本当じゃないよね?」と訊かれ、泣きながら否定した。彼女は同情してくれたけれど、しばらくすると、クラス中が私の噂を知るところとなった。いいふらしたのは、その彼女本人だと知り、私は再び口をつぐんだ。私には、貝のように我が身を閉じることしかできなかった。
 就職で上京すると、周りが知らない人ばかりなのが嬉しかった。人混みに紛れていると、透明人間になったようでほっとした。
 職場でも私生活でも、人を信じない、誰とも親しくならないことをずっと守ってきた。傷つくのも失望するのもごめんだった。同期の女性たちは、結婚したり出産したりで職場を去り、毎年顔ぶれも変わる中、私は、まるで時が止まったように、同じ時刻に出社し与えられた仕事をこなし、同じ時刻に退社する。できれば書類ばさみとかファックスのように、なくてもいいけれど、たまに必要くらいの機能を果たしながら、誰にも注目されずに存在できればいい。そんな風に思っていたのだった。
「五十嵐さんてさ、謎じゃない? 笑ってるの見たことないんだけど」
「もう四十になる? 私生活わかんないけど、なんかさびしい感じだよねぇ」
 女子トイレで、後輩たちが好き勝手に噂をしているのは知っている。気にしないようにしてはいたが、目に見えない何かが、ひたひたと私を侵す。水の中でもがくような息苦しさがつのっていた。そんな時に、あの雑誌を目にしたのだった。

 一気に話し終えると、カズコさんは何もいわずに私の背中をさすった。昔、祖母がよくしてくれたように。

  【七】

 休暇の間、私は何をするわけでなく、カズコさんの家で過ごしていた。島に来て、シュノーケルもダイビングもしないなんて、珍しい観光客だと呆れられながら、本当に何もしない。せっかく借りたレンタカーも、一度だけ島を一周したきりで、空き地に置いたままだ。さらさらの砂浜を歩いて、海を見ているだけで十分だった。
 最初の頃は気づかなかったが、浜辺には小さな蟹たちがひしめいていた。せわしなくざわざわ歩き回っているくせに、私が近づくやいなや、一斉に砂に潜り、浜辺は何事もなかったように静まり返る。私は砂浜に静かに腰を下ろして気配を消す。するとやがて、蟹たちは、疑り深そうに穴から顔を出すのだ。この時、鼻の頭を掻いたりしたらもういけない。あっという間に姿を消してしまう。そんな蟹たちを見たいばっかりに、私は身体がぎしぎしになるほど固まって時を過ごした。
 港の水揚げも面白く、鮮やかな色彩の魚たちは珍しかった。時々、魚を買ってきてとお使いを頼まれたりもする。カズコさんの家にいるというと、漁師たちはみんな「あー、そうね。カズコオバーんとこじゃしょうがないさ」といって、いつもおまけしてくれるのだ。

 梅雨入りをしたはずだが、いいお天気が続いていた。梅雨入り宣言すると晴れるというのが島のジンクスだと漁師たちはいう。「おかげで毎日大漁さぁ」と、高らかに笑う彼らの上機嫌は、私の心も浮き立たせた。
 自分では気づかなかったが、最近、私はよく笑うようになったらしい。来た時とは顔が違うとカズコさんがいう。そうだろうかと鏡をのぞく。愛想のない仏頂面は相変わらずだが、日焼けのせいで前よりは健康そうに見えるかもしれない。

 カズコさんはウタキの神ごとに忙しく、夜中に出かけ、朝まで帰らないこともあるし、夜明け前から出かけることも多い。神ごとのことを、カズコさんは神様のお使いという。神様たちに、あれやこれやと用事を頼まれているカズコさんを想像して、なんだかおかしくもあった。
 カズコさんは私に小さな袋をくれた。魔物よけだという。昇華できない魂が魔物になって、ときには人について家に上がってしまうらしい。魔物を島の人たちはマズムンと呼んだ。
「歩いても歩いても、数メートル先の家にたどり着けなかったさ」
「道を歩いていたはずが、気がついたらサトウキビ畑の真ん中にいたんだよ」
 カズコさんの旦那さんは、マズムン話を得意気にする。すると決まってカズコさんは、「あんたはまた、マズムンにやられすぎ」と顔をしかめるのだ。
「そりゃ、カズコににらまれただけで、マズムンは逃げていくさぁ」
 そういって、カズコさんの旦那さんは、マズムンのように逃げていく。
 マズムンを狐に変えれば、山の物語だ。もう長いこと忘れていたが、幼い頃、狐に化かされる話を聞くのが私は大好きだったのだ。
 ある晩、散歩から帰ると、玄関先にいたカズコさんが大声で怒鳴っている。
「あがい、倭子さん! ついてきたよ、マズムンが! 油断も隙もないよ、まったく」
 私はその日、魔除けの袋を部屋に置いたまま、出かけてしまったのだった。

 【八】

 シャワーを浴び、二本目のビールを飲んでいた。窓の外では無数の星たちがひしめいている。そのひとつひとつが生き物のようにうごめき、天の川が空を分けていた。今夜は新月なのだ。
 星に誘われるように外へ出た。玄関の鍵は開いていた。カズコさんは今夜も神様のお使いに出ているのだろうか。そもそも玄関に鍵がかかっていたためしはないのだ。ポケットには魔除けの袋を、ちゃんとしのばせてある。
 月が、細く鋭利な弧を描いていた。街灯がぽつぽつと灯る集落を抜け、浜辺へ出た。星明りが、白い砂浜をぼんやり照らす。大潮で海が引き、海岸線がいつもよりずっと遠くに見える。アダンの茂みから盛んにゴソゴソと音がするのは、ヤシガニが実を食べているのだろう。ヤシガニは、死者の魂をあの世へと導く使者なのだとカズコさんはいっていた。ポケットの中の袋をぎゅっと握りしめた。
 湿気をたっぷりと帯びた重たい空を、星々が覆いつくしている。よくもこれほどの重量を、空は支えきれるものだと感心しながら浜辺を歩く。上の方から人の声がした。高く低く歌うように、女たちの声が重なる。ウタキに神女たちが集まっているようだ。

 気が付けば私は、ガジュマルのトンネルの入り口に立っていた。広場では白い着物に身を包んだ神女たちが数名、輪になって歌い踊っている。中のひとりが私に気づき、手に持ったクバのうちわを振る。こっちこっちと呼んでいるように見えた。灯りもないのに、神女たちは眩しいほどの光に包まれていた。そして、いつの間にか私は、その真ん中にいるのだった。

【九】

 私は三歳の少女で、金色の草原を走っている。いや、走っているのは黄金の狐だ。私はその背中に乗っている。
「倭子、落ちないようにしっかりつかまってんだぞ」
 黄金の狐はそういった。もう一頭の狐が「もっとゆっくり走ってやっせ」と笑った。
「父ちゃん! 母ちゃん!」
 しなやかで、そして暖かな狐の背中を、私は全身で感じていた。彼らは、私が産まれて間もなく亡くなった父母だ。父母が狐になって私を迎えにきたのだ。
うれしくて、うれしくて、何度も父母を呼び、滑らかな被毛に顔を埋める。ああ、お日さまの匂いだ。父ちゃんの匂いだ。
 私たちは、風のように自由に、山を野原を駆けまわる。お日さまは暖かく、夜になると、父ちゃんと母ちゃんに抱かれて、綿のように眠った。お腹がすくと母ちゃんの甘い乳を飲んだ。ごくごくと飲んだ。何もかもが満たされていた。
「倭子はめごいなぁ。父ちゃんと母ちゃんとずっと一緒にいんべな」
「父ちゃんも母ちゃんも、もうどこにも行がね?」
「倭子を置いてどこにも行ぐよねぇ。んだべ?」

 そしてある日、あの声が聞こえてきたのだった。

(――倭子ぉ、倭子ぉ、帰ってこぉい。山の神様、どうか倭子を返してくんつぇ。お願げします。お願げします――)

 祖父母の祈りが山に響く。父ちゃんと母ちゃんは、雷に打たれたようになった。
「ごめんな。やっぱり倭子を連れでくことはできね。ごめんな。早ぐに死んじまってごめんな。一緒にいらんにでごめんな」
 二匹の黄金の狐は、振り返り振り返り去っていく。追いかけようとするが、私の足は動かない。
「かあちゃーん、とうちゃーん! やんだー、やんだー 倭子も行ぐー」

 私は、神女たちの輪の中で、おんおんと声を出して泣いていた。

【十】

 休暇を終え、二週間ぶりに戻った東京は雨だった。東京の街は、まるで白黒の世界だ。
 しばらく留守にしたアパートの部屋は、少し黴臭くむっとした。窓を開け、新しい空気を入れる。とはいっても、隣の建物が手の届きそうなところにあり、風が通るというほどでもない。どこかの部屋で除湿運転でもしているのか。エアコンの室外機が、空気を震わせ唸っている。
 ウタキで見た神隠しの二週間のことをずっと考えていた。私はとても幸福だったのだ。父母とあのまま一緒に行っていたら、と思わなくもない。しかし、それを止めたのは祖父母の祈りだ。

 今年のお盆には、久しぶりに帰省してお墓参りに行こうと思いながら、テーブルの上に置いたままの旅の雑誌を手に取った。海辺のリゾートホテルの写真が表紙を飾っていた。目を疑った。そんなはずはないのだ。表紙には、青い海と白い砂浜のカナイ島があるはずだった。雑誌のページをめくる。カナイ島の記事もない。慌てて、旅行鞄から旅券を探す。羽田から那覇まではあるが、那覇からカナイ島の半券がない。スマートフォンの履歴をたどる。カナイ島の観光協会も、レンタカーもカズコさんの宿の予約も、すべてが消えていた。たくさん撮った写真のデータもどこにもない。
 わけがわからなかった。私はこの休暇の間、一体どこにいたというのだ? すっかり混乱していた。

 郵便受けがゴトリとなって我に返った。ダイレクトメールや広告に混じって、一通の封書が届いていた。差出人は『カナイ島 カズコオバー』とある。震える指で、封を切った。

  五十嵐倭子さま

 今頃あなたは、自分がどこに行っていたのかと、とまどっていることでしょうね。
 私たちは、神々とそれを必要としている人たちの間にいるの。神さまたちは、今、どんどん居場所を無くしている。信じて、祈る人たちがいなければ、神々は存在できないのね。
 カナイ島を呼んだのはあなた自身だということを覚えておいて。あなたは心の底でずっと神に願っていた。本当のあなたを取り戻すために。
 あなたが私の家に来た次の日の朝、大蛇が私のところへやってきたの。なんだか怒っているようで、私は右腕をぴしゃりと叩かれた。あの大蛇が、内地の、あなたのご先祖にゆかりのある神だと知ったのは、あなたから五十嵐家の伝説を聞いたとき。ちょっと驚いた。私の知らない神たちが、どんどんカナイ島にやってくる、神々は、地下茎のようにつながって、みんな居場所を探しているのだと思った。
 そうそう。カナイ島の言葉で、脱皮のことを「すでぃる」と呼ぶのだけれど、「すでぃる」は、生まれ変わるという意味でもあるのよ。
 あ、それからね。ピィパズのすりおろしと醤油は、確かに鰹に合うみたい。特に内地からのゲストさんには大好評で、今ではうちの看板メニューよ。
 ではでは、またね。
カナイ島は、いつもあなたの隣に☆カズコオバーより

 手紙を握りしめ、外へ飛び出した。どこかに、カナイ島のしるしがあるような気がした。カズコさんが、まだ近くにいるような気がした。
 ざざざと風が吹いて、私の手から手紙をさらった。
「あっ!」
手紙を追って、空を見上げる。いつの間にか雨が上がり、ごちゃごちゃとした都会の狭い空に、虹がかかっていた。

(おわり)
 

※第75回県文学賞準賞受賞作品を掲載