愛おしい瞬間 | 奥会津ミュージアム - OKUAIZU MUSEUM

奥会津に生きる

愛おしい瞬間

2024.04.01

井口 恵(いぐちめぐみ)

角田アヤ子さん(昭和8年生 三島町)

裏山の 雪の消え間の 片隅に 優しく咲いた カタクリの花

「なんの飾り気もない、自由勝手に書いただけ。ただぽかーんとしてるのもったいないから、忘れないうちに書き残しておくのよ」。
アヤ子さんは、私が奥会津に移住した1年目のお隣さんで、私の知らなかった、見えていなかった世界に気づくきっかけとなった人だ。 
同じ風景を、隣で一緒に見ているアヤ子さんの目に映る世界を、私は毎回すごく楽しみにしていた。

「ワタシ、山が大好き。山の峰ってすごいんだよ。峰から峰に繋がってる。この先にはどんな山があるかなって想像するだけで楽しい」。
鉄砲撃ちをしていた旦那さんについて、アヤ子さんも山歩きは集落内の女性では誰にも負けないくらい強かったそうだ。
「今は山見て、懐かしく追憶するだけ。目瞑ると、あそこにあれがあったな、あんなことあったなって、はっきり思い出す」。

奥山の 静けさ破り トラ犬の 鹿を追う声が こだまする

「雑草取りは、楽しい。やるときれいになるからね。でも少し経つとまたすぐ生えてくる。すごい生命力で、また取らなきゃなんない。それの繰り返し。だから、楽しいの。楽しいことは、自分で見つけなきゃなんないよ」。
アヤ子さんは雪が解けると、畑に出て毎日草取りをしている。
どんなに小さな雑草も逃さない徹底した草取りのおかげで、アヤ子さんのおうちの畑はいつも完璧に、きれいだ。
そんな合間に、深呼吸し、空を見上げ、山に目を移す。

母ツバメ 五つのヒナに 餌与え 竿にとまりて しばし憩う

最近集落内で、AIドローンによる山林の毎木調査(指定区域に生える樹木の種類と本数の調査)を行った。
その結果を実地で確認したところ、ほぼ間違いのない正解率だった。
「昔は人がたくさん出て1本1本数えてたのが、空から一瞬で簡単にわかんだ。すごいなぁ」。
確かに現在のIT技術はとても優秀だ。
しかし、どんなに技術が進歩しても、ここで生まれ、ここで暮らしてきたアヤ子さんにしか見えない瞬間に、私は興奮する。
変わらない日常で通り過ぎてゆく中から、アヤ子さんが掬い出す場面に、毎回心が震える気づきと感動をいただいていたのだ。
何気なく見逃している瞬間を、目の前の瞬間を、あるがままに切り取ることの、なんと美しいことか。

手元足元の、いつも当たり前にあるものに、気づける幸せ。
なぜここに?なぜ今?なぜこの形?なぜこの色?
なぜ、なぜ・・・?
目を凝らしてじっくりじっくり観察して、背景を辿り、思いを巡らせ、交点を探る。
角度を変えて、想像を膨らませ、少し掘り下げてみることで、感動も可能性も無限に拡大していく。
小さな畑の片隅からアヤ子さんの詠む詩が、またひとつ新しい世界を導いてくれた。
今この瞬間の、1匹の虫を、1本の雑草を、1個の石を、「どう見るか」。
日々移ろう小さな小さな変化に心を弾ませられたら、きっと楽しみは尽きないし、幸せはいっぱいだ。
「自然は、最高の先生」。
私も、もっともっとアヤ子さんが見ている世界に、近づきたい。