【小説】 ちぃ神さんの大イチョウ その5 | 奥会津ミュージアム - OKUAIZU MUSEUM

小説

【小説】 ちぃ神さんの大イチョウ その5 

2023.10.15

菊地 悦子(きくちえつこ)

【その5】

 カマモトはおらが何なのか、どうしても突きとめたいらしい。コウコも面白がっている。おらだって気にならないわけじゃない。
「とりあえず、有力なのは座敷わらしということにして、もう少し時間をかけて検証を重ねよう」
 カマモトは、まるで大先生のように宣言した。

「あと、ふたっつ、あ、こっちのはみっつか。早く咲かねかなぁ」
 コウコはタチアオイの蕾を数えていた。タチアオイは下から咲いて、てっぺんまで咲きのぼれば、まるでそれが合図のように梅雨が明ける。そして夏休みがやってくる。

タチアオイの赤い花びらをおでこにくっつけ、「トサカ!コケコッコー!」とふざけながら、夏祭りには新しい浴衣を着ていくのだとコウコは張り切っていた。それに、お盆になると、出稼ぎにいっている父ちゃんも帰ってくるのだ。
「あと、あんじゃ。チイちゃんもカマモトも川さ泳ぎにいぐべな」

 チイちゃんというのはおらのことらしい。おらが何かがはっきりするまで、呼び名がないと不便だとカマモトがいうものだから、コウコがつけたのだ。
「大イチョウの小いちゃい神さんで、チイちゃんだ」とコウコがいうと、「妖怪も精霊もきっとみんな神さまの仲間だからいいと思う」と意外にあっさりカマモトは同意して、とりあえず、おらはチイちゃんということになった。急に名前がついてちょっと変な気分だったが、カマモトから「この子」なんていわれるよりはよっぽどよかった。

 大イチョウは枝いっぱいに葉を繁らせ、真夏の太陽を浴びて日に日に緑を濃くしていく。同時に、こどもたちの肌も日に日に黒くなっていった。
 昼飯後のうだるような暑さの午後、こどもたちが大イチョウの木の下に集まってきた。コウコとカマモトの姿もある。天気が悪い日や、採石場で発破をしかける日でなければ、夏休みの間、川で泳いでもいいことになっていた。泳げる日は、大イチョウの下に黄色い旗が立つ。

 六年生を先頭に、一年、二年、三年、四年、五年の順番に一列に並び、田んぼのあぜ道を通って川に出る。おらとコウコの後ろにカマモトが続く。カマモトは最近、夏草のように背が伸びた。朝起きると、骨が伸びているのが自分でもわかるらしい。
行列のこどもたちはアカツメグサを見つけると、まるで儀式のように小さなピンク色の花弁を抜いた。そしてその根元を吸い、一斉に「あまーい」と叫ぶのだった。

 川の中ほどに、積み上げた石で囲んで、流れを穏やかにせき止めたプールができていた。浅い所と少し深い所があり、こどもたちはそれぞれ好きなところに飛び込んでいく。顔は水面に出したまま、バタ足をすれば、ずっと水に浮いていられることを、みな自然に学んでいた。

カマモトは川のプールに一瞬戸惑ったようだが、ザブンと潜って浮き上がると、両手を交互に動かしてゆっくりと泳ぎ始めた。おらが水面をすたすたと歩いて見せると、浮輪につかまっていたコウコがけらけらと笑い出した。カマモトも目を丸くしている。おらはなんだか得意になって、川底で逆立ちしたり、水の上で寝転んだりしてみせたものだから、カマモトは、「チイちゃんは河童かもしれない」といい出した。河童は人にも化けるそうだ。

夏休みはまたたく間に過ぎていく。小学校の校庭では夏祭りがあった。集落ごとに日をずらして開くので、三日三晩祭りが続く。村の大人たちが櫓の準備を始め、村のあちこちからお囃子の稽古の音が聴こえてくるころ、コウコの父ちゃんが帰ってきた。
コウコは金魚模様の真新しい浴衣を着て盆踊りを踊った。その隣で、父ちゃんは、浴衣の裾をたくし上げ、ひょっとこのお面をつけてひょうきんに腰を振った。
祭りの夜は、コウコもばあちゃんも、父ちゃんも、カマモトのじいちゃんもばあちゃんも、カマモトも、村の大人とこどもたちみんなを上機嫌にさせて更けていった。
祭りが終わると、コウコの父ちゃんは、慌ただしくまた出稼ぎ先に戻っていった。朝に夕にカナカナ蝉が鳴き始め、大イチョウの葉っぱも心なしか、緑色が透けて見えるようになった。

大イチョウの木は、何万もの金の鳥が止まったように輝いていた。日増しに金色は深くなり、朝一番のお日さまを浴びたところなどは、目を開けていられないほどまぶしい。おらは大イチョウのてっぺんの、いつもの場所でじっと目を閉じ、風で光がこすれる音を聴いていた。おらが一番好きな季節だ。

おらだけじゃない。大人もこどもも、大イチョウを見上げては、みな言葉もなく、ただ、「ほぅ」とため息をつく。それを見るとおらはなんとも得意な気分になるのだ。

大イチョウが全身をふるわせ、黄金の音楽を奏でている頃、事件は起きた。
古い分校校舎を取り壊し、新しく公民館をつくる計画が持ち上がった。工事の車やダンプを入れるために大イチョウも伐り倒すという。
 こどもたちは、もちろん全員反対だ。ボロ校舎と校庭は大事な遊び場なのだ。
「大イチョウはこの村ができる前からあったはずだ。そんな大事な木、伐ってはなんね」
 そう反対する人たちもいた。

 それでも、村の議会で、すで決まったことだと村長はいった。
「新しく作る予定の公民館には、こどもたちが遊べる部屋もあります。雨でも雪でも安全に遊べんだから、今よりずっとよぐなる。本を集めてちょっとした図書館みてにもしてもいいなと考えてます。それから前の広場を広げて、こどもたちの遊具も置いて、残りは駐車スペースにします」
 村長が、大きなお腹をますます突き出して、自信たっぷりにいうものだから、反対する人はだんだん少なくなってきた。
「ブランコとかすべり台とかできんのがな」
「これからは、駐車場はあったほうがいいべなぁ」
 そんな意見が増えてきたのだった。