赤い山 | 奥会津ミュージアム - OKUAIZU MUSEUM

奥会津に生きる

赤い山 NEW

2026.10.15

遠藤 由美子(えんどうゆみこ)

 ナラ枯れが広がる会津の山々は、赤茶に枯死した木々が、深い緑を脅かしている。旺盛な生命力を誇る緑の中で、いのちの活動が絶えた姿の赤い色は無残だ。猛烈なスピードで枯死樹が広がってゆく異常な景観は、地元の人たちを震撼させている。しかしそれが、体長わずか4~5ミリのカシノナガキクイムシによる食害によるものであること、伐採して焼却しなければ、被害はさらに拡大して深刻な事態を招く可能性が甚大であることなどの危機感が、決して共有されるには至っていないことも事実だ。

 死した木の赤い色は、まるで巨大な生き物のように周囲の山を侵食している。
 カシノナガキクイムシによる被害は福島県では平成12年に西会津町で初めて確認されたという。被害はナラ系の落葉広葉樹に限られ、主な被害樹はミズナラだ。4年ほど前から、広がるスピードや範囲が日常生活の中でも確認できるほど一気に拡大している。
 今夏、炎天下で燃え盛る炎のように飛び火した赤を見た。カシノナガキクイムシの新成虫は6月には羽化するという。枯死した木から脱出して新しい立ち木に穿入すると、集合フェロモンを出して大量のカシノナガキクイムシを呼び集める。彼らが体表面につけているナラ菌の繁殖が枯死の原因だ。彼らはナラ菌を産卵の揺りかごとして繁殖させ、成長のための食料とする。通水阻害のため先端から枯れ始めた樹木は、9月には完全に根元から枯死するという。まさに今、山では数知れぬナラたちが、立ったまま絶命しようとしているのだ。

 会津を中心に拡大を続けている微小な昆虫によるナラ枯れは、被害を食い止めるための有効な対策を講じることはもはや困難だろう。遷移していく過程でやがて別の植物が台頭してくるのだろうが、実は、それまでの長い過程に起こる二次被害こそが、猶予のない深刻な問題として眼前に突きつけられている。
 数年前のクマの大量捕殺は、一気に被害が拡大した時期と重なる。冬眠のためのエサとなるドングリの不足が、クマによる被害の発生要因の一つと考えるのは妥当だろう。
 老木となったナラ系の落葉広葉樹が被害の主な標的で、若い木には入らないという。しかし、山の木々は歳を取って、若い木を探すことの方がむずかしい。

 昭和30年代頃まで、里山は薪炭林として健全に機能していた。人間が手を入れた山は、いつも人間の手が入り、整えられ、循環する必然の営みがあった。整えられた里山は、野生動物にとっては人間世界との結界地帯で、棲み分けを互いに意識できる場でもあった。年代層の厚い、保水力のある山の木々の根元には豊かな植生が広がり、その恵みを十分に頂いてきた。その関係を人間側が一方的に放擲(ほうてき)した結果が、病んだ赤い山である。

 ナラ枯れが拡大する近未来には、まず、野生生物の生存の危機が必至だ。山菜などの恵みを断念せざるを得ないことなどは当然だが、次に覚悟すべきは被害斜面の崩落であろう。水を蓄えられなくなった地表が、雨や雪を受け入れられずに崩れてくる。広葉樹の隙間を埋め尽くす加齢杉もまた、土砂崩れの大きな要因となるはずだ。
 確実にもたらされる深刻な二次被害に対処するための予防策を即刻講じるか。杉を間伐し、枯死樹を伐採して土砂崩れを予防しながら遷移を促すか。周囲を山に囲まれて暮らす私たちは今、いずれかを選択しなければならない。
 とはいえ、会津の山林は複雑に地権者が入り組み伐採に入るための林道もない。すでに茶色く枯れた山に、紅葉を期待するのも難しい。

    毎日新聞「とうほく彩発見」(2008)より再掲