遠藤 由美子(えんどうゆみこ)
標高1200メートル余りの志津倉山は、頂を境に柳津・三島・昭和を分けている。
三島から昭和へ抜ける不動沢林道は、山の中腹をかすめる峠道で、昭和への往復によくこの道を好んで通った。すれ違う車もなく、山の頂きが驚くほど間近に見える快適な道路だ。
山歩きは苦手だから、登ることはあるまいと思っていたこの山に、はじめて登ったのは初夏だった。奥会津書房で企画していた文化シリーズ『神々との物語』の撮影のためである。
取材スタッフと共に山中の雨乞岩を目指した時、私はもうひとつ大事な思いを抱えていた。
三島町で英語の指導助手をしていたジェフリー・ゲッツ君は、志津倉山で亡くなっている。彼の追悼を胸に秘していた。
登山道の入り口には、ジェフに捧げられた碑が建っていた。
雨乞岩への道はゆるやかな起伏だけだと聞いていたのに、しばらく進むといきなり急な登りになった。景色が目くるめく変わり、清冽な山の呼吸にとけ込んだのか、這(は)い登るのは苦痛ではなかった。
ブナ林に朝の陽が射し込んで、下草を白く光らせている。鳥の声だけが聴こえた。道路からわずかに入っただけで、そこはすでに別世界だった。
道を間違えたと気づいたのは、頂上近くまで登った頃だ。
頂上に至る道と、雨乞岩への道は途中で分岐している。三人で何度も確認したはずだったが、何故間違えたのか分からない。登山口まで下って、改めて雨乞岩を目指した。
私たちが迷い込んだ道は、ジェフが最後に登って行った道だった。
ジェフがあのブナ林の光を見せてくれたのだと思う。間違えなければ触れることもなかった美しい道と神聖な山の呼吸。
「倉」とは神の坐すところ。ジェフも志津倉山の住人になったのかもしれない。
志津倉山のつながりには爼倉山(まないたくらやま)があり、只見川を挟んだ北側には、日向倉山・岩倉山・大倉山・台倉山・土地倉山がある。北東には猿倉が岳。南西に鎌倉山。
神々は、志津倉山を中心にさながら円輪のような曼荼羅(まんだら)の世界を具現している。
只見川沿いに点在する集落は、この円輪に包まれるように穏やかに息づいていたのだ。
志津倉山は不思議な山だ。近づけば遠のき、離れれば近づく。
ジェフが好きだった山は、彼の瞳(ひとみ)の色のように深く静かだった。
「ハイ!ミンポー」より転載