守られて暮らす | 奥会津ミュージアム - OKUAIZU MUSEUM

奥会津に生きる

守られて暮らす NEW

2026.04.15

菅家 洋子(かんけようこ)

 春を感じるあたたかな日、只見川沿いにあるちいさな集落を訪ねた。道脇のスペースに車を停め降りると、あたりにはふきのとうが顔を出している。まだ雪のある昭和村大岐では目にできないふきのとう、いくつか摘ませてもらって車内に置き、改めて集落に向かった。

 人を訪ねて話を聞くという行為が憚られたコロナ禍、夫ヒロアキさんとふたり、こんなふうに奥会津の集落をひとつずつ歩いて回ったことを思い出していた。さあ、と歩き出すときの、清々しい気持ち。歩く道、目に映る風景、空気のなかに、連綿と続いてきた人々の暮らし、いとなみが溶け込んでいる。
今回訪れた集落、これまで前を通ることは何度もあったけれど、足を止めるのははじめてだった。見たところ、住む人のある家は4軒くらい、下手には製材所の跡がある。明治時代には簗場(ヤナバ)があり、アユ、マス、ハヤを獲っていたという記録も残っている。そしてこの集落でいちばんに目に留まるものといえば、道沿いに建つお堂。掲げられた額には「十王堂」とある。

 近ごろは扉に南京錠をとりつけてあるお堂も多いなか、この十王堂は施錠されていなかった。戸を開けさせていただき、お参りをする。堂内はきれいに掃除されていて、集落の方が大切に守っている場所だということがひと目で分かった。中央に2体の仏像があり、その両脇に5体ずつ祀られている像が十王と思われる。壁に下げられた旗は、ひとりの女性の名前で毎年奉納されていた。この方がずっと十王堂のお世話をされているのだろうと想像した。
 お堂を出て、十王堂のことを少し聞かせてもらえるだろうかと、裏手にあるお宅を訪ねた。ちょうど町の福祉課の方と入れ替わりになる形で、親切に居間に招き入れていただいた。80代のご夫婦にお話を聞くと、この家は集落の下手にあった製材所を営んでいた家で、十王堂の奉納旗にあったお名前は奥さまであるTさんのものだった。

 イボをとってくれるとも言われる十王堂の「お地蔵さま」(集落の人たちはこう呼ぶ)は、「本当に願いを叶えてくれる」とTさんは言う。これまで病気の治癒や学業成就が結ばれ、遠方から二代続けて毎年お参りに来る方もいるのだそう。このようなささやかなお堂に、県外から熱心に通われている方がいるということに驚きながら、その気持ちが分かるような気がした。集落の人々の手と心に、こんなにも大切に守られているお地蔵さま。そのぬくもりをまとったお地蔵さまは、今日訪れたばかりの私にとっても、心を寄せずにはいられないような存在になっていた。

 2011年3月11日の東日本大震災の後、7月末の只見川洪水のときには、集落の墓場まで1メートルというところまで水が迫ったが、なんとか浸水せずに助かった。「この集落はお地蔵さまに守ってもらっているんだ」というTさんの言葉には、心からの実感がこもっていた。この想いがきっと、集落全体を美しく磨き、その人自身を研ぎ澄ませている。そしてその心にこたえるように、お地蔵さまは願いを導いてくれるのだろう。

 集落の道ばたで摘んだふきのとうは、帰ってからふき味噌にして食べた。懐かしい香りと、透きとおった苦味。あの日触れたあたたかな信心を思い出し、春いちばんのすがすがしい味が、お護符として身に巡っていくのを感じた。