鈴木 サナエ(すずきさなえ)
山奥の豪雪地帯の只見では、昔から発酵食品の食文化が継承されており、今も、根強く毎日の生活の中に在る。私の家の近くには、明治時代に創業され、開業から120年以上も続いている糀屋さんが二軒ある。目黒糀屋さんは味噌、糀の他、塩糀、ラーメン、蕎麦なども製品化し、町外にも販売していて、とても人気が高い。特にラーメンは「只見ラーメン」と称して、程よい太さとこしが評判で、小売りもするが、近隣のラーメン屋さんからも注文がくる。片や、鈴木糀屋さんは味噌、糀のみの製造販売で、町内だけで手にすることができる。我が家では昔から、すぐ近くにある、鈴木糀屋さんにずっとお世話になって来た。
鈴木糀屋さんのことを、昔は単純に「糀屋」と呼んでいた。今でも、玄関先に「只見味噌 糀屋 鈴木」とごく小さな看板が掲げてあるだけで、知らない人は通り過ぎてしまう、そんな飾りっ気のない、小さな店だ。以前、加工所内を見せて頂いて、お話を聞いたことがある。
初代丈吉が、明治32年に南会津郡役所から営業鑑札を拝領し、現在は4代目が受け継いでいる。当初は勿論、茅葺屋根の家で、水も自然の流れを利用するものだったし、リヤカーによる行商もあったという。時代によって経営の形も需要も変化していった。近年は本物志向の高まりにより、天然醸造の無添加味噌の需要も増えた時代が続いたが、現在は下降傾向にあるという。
見せて頂いた加工所は、思っていたよりずっと広く、整然としていて、清潔そのものに見えた。ここでご夫婦と、従業員、忙しい時は娘さんも手伝う。一番驚いたのは、糀を作る時に使う25センチ×45センチぐらいの杉の函があるのだが、100年以上前に作られた函、50年前の函、30年前の函が現存し、それぞれに糀の出来栄えが違うというお話だった。よく、古い酒蔵には目に見えない微生物が生きている、という話を耳にするが、それと同じ原理で、この函にも微生物が宿っているに違いない。また、この函を使って糀を作るので、鈴木糀屋さんの糀は他と違って、バラバラでなく四角に折りたたまれ、袋に入れた形状で売っている理由も分かって、興味深く見せていただいた。

余談だが鈴木家の男性は4代とも、経営面や事務などのサポート係になり、糀や味噌造りは女性が多くを担っているように感じた。
只見ではこの糀を使ってニシンやホッケを漬けて、長い冬に備える。普段は何処にも売っていないが、雪まつりにだけ売り出される「ニシン漬け」は、飛ぶように売れている。飲むブドウ糖とも言われて栄養満点な甘酒は、雪まつりに振舞われ、コロナ禍以前の会津朝日ヶ岳や浅草岳の山開きにはゴール地点で冷たい甘酒が振舞われていた。
また、最近流行の塩糀も、この地方では昔から作られていたが、世の中でもてはやされることによって、多種多彩な料理に使われるようになったのはとても嬉しい。煮物、焼き物、揚げ物、炒め物などの万能調味料で、肉などを柔らかくし、それぞれの旨味を引き出してくれる。塩糀を作るのはごく簡単なので、私も一年中作って、使っている。自家製のそれとは別に、目黒糀屋さんの塩糀は、まろやかにできているので、お客様にお出しする、刺身をカルパチョ風に仕立てる料理に重宝している。最近、この塩糀が小どんぶりに少し残っていたので、そのままお茶漬けにして食べたら、とても旨い。ものぐさも、たまには思わぬ良い結果を生むと、一人ほくそ笑んだ。
私がここに嫁いできた50数年前、この地区では、味噌を作るための大豆を潰す機械が共同購入してあり、5月頃だろうか、春になると各家庭が順繰りでその機械を使って、味噌を作っていた。まず、大豆をよく水に浸し、たっぷり水分を吸わせてから、十分柔らかくなるまで煮て、機械に投入し、潰す。潰した大豆に糀と塩をよく混ぜ合わせ、ドッジボールぐらいの大きさに丸めて数日乾かす。4~5斗の木の樽に入れ、最後に空気に触れないようにぴったりとビニールを被せ、蓋をして、軽い重しをのせた。大豆は大方は買っていたが、糀は糀屋さんに米を持っていくと、糀と交換してくれる、というシステムだった。
今では考えられないのだが、当時は三年味噌、と言って、薄暗い漬物置き場の奥で三年間は熟成させてから食べていた。私は、この3年以上熟成させた黒っぽい味噌を日常的に食べることは、あまり好きではなかったが、去年立ち寄った長岡の手作り味噌屋さんで、この三年味噌が、とても高価で売られているのを見て、当時は、随分贅沢をしていたのだと、反省させられた。今思うと、樽を開け、初めて味噌に手を付ける時のあの香りは、正に、芳醇な、とか、馨しい、とかの言葉がぴったりの豊かなものだった。
その後、我が家は、米も作らなくなったので、すべて鈴木糀屋さんにお任せして、出来上がったのを運んでもらって、桶を移し替え、熟成させていた。自分の家で熟成させて味噌を作らなくなって何年になるか、記憶にないが、今はほぼ1年熟成の味噌、1キロ袋入りを、その都度、無くなり次第購入するようになってしまった。
町ではどんどん人口が減り、高齢化も進み、大工さんなどの職人さんも少なくなり、百姓をする人も少なくなった。去年は町の中心部で、閉店してしまった店が3軒にもなった。そんな只見の状況の中で、古くからの糀屋さん2軒の頑張りはとても嬉しく、有難く、この町にとって稀有なこととして受け止めている。