【きかんぼサキ】そして、母になる | 奥会津ミュージアム - OKUAIZU MUSEUM

奥会津に生きる

【きかんぼサキ】そして、母になる

2024.06.01

渡辺 紀子(わたなべのりこ)

 サキノが家出している間にも着々と話は進み、戻ってみると、サキノの嫁入りは2カ月後と決められていた。泣く泣く帰っては来たものの、気持ちを整理し、母と暮らす最後の時間を愛おしむには、あまりにも短い時間だった。

 ところが、嫁入りのようで嫁入りではない。サキノが家から送り出される時は、“足入れ”と呼ばれる風習での仮の旅立ちだった。一旦相手の家に入って生活を経た後に正式な結婚式を迎えるという。サキノは意味も分からぬままに、決められたレールの上を進むしかなかった。
 同じ頃に結婚した人たちから、足入れ経験の話は聞けなかった。“足入れ”という風習が、当時普通だったのだろうか。現在90代のキヨ姉やコマノ姉が語るには
「足入れって言葉は聞いてはいたが、足入れやった人はよく分かんねぇな。多分、ちっとでも早く入ってもらいてぇとか、何か特別な事情がある時にやったもんだと思うよ」
「足入れって言ってる人はいたが、オレもやってねぇなぁ。やたらにはいねぇべぞ。早く来て慣れてもらいてぇとか、相手からよっぽど希望でもあった時だけそうすんでねぇのかな。結婚は決まってっから仮祝言みたいなもんだな」と。
 サキノの舅、姑、夫も鬼籍に入り、急いだ理由は分からないが、特別なケースだったのだろう。
 
 たちまちその日はやってきた。昭和38年11月、記録的な大雪の年だった。正式な祝言ではないので嫁入り道具を伴うわけでもなく、着替えやら身の回りの品を持って、豪雪の中を母と親戚二人に連れられ川口まで歩いて行く。そこで迎えに来た花婿とその親戚数人に出迎えられ、花嫁の受け渡しが行われたのだった。相手方はそりを引いてきていたので、足の悪い母と荷物を載せてもらう。サキノの親戚はそこで帰っていったという。
 そこから母と二人、相手の人たちに連れられ初めてその家へ向かった。仮の旅立ちに見送る方も見送られる方も、どこか微妙な心境だったことだろう。相手の家は、花婿、両親、祖母、妹、4人の女中さんがいる大所帯だった。サキノにとってすべてゼロからの出発だった。

 母は次の日には帰ってしまった。サキノの足入れ生活は、毎朝5時か6時に起きると真っ直ぐ調理場に向かうことから始まる。花婿は店の方にいて(旅館と一緒に小さな商店もやっていた)サキノは女中さんと調理場にいることが多かったという。主な調理は舅がやっていたので舅がいることはあったが、ほとんど調理に関わっていない姑が顔をだすことはまず無かった。誰も仕事を教えてくれる人はいなかった。ただずっとそこに立ち、ひたすら仕事を見ている。たまに言いつけられた仕事をする。そんな日々の繰り返しだったという。

 年が明け少し経った頃、子を授かったことが分かる。ちなみにその子こそが私で、懐妊が分かると間もなくサキノは実家に帰された。正式な結婚の準備をするためだ。この数カ月の間に、あの強烈な悪印象の花婿が好印象に変わった訳ではなかったようだが、サキノはその人の妻になり、その人との子の母になることとなった。若干二十歳のサキノにとって、喜びと同時に並々ならぬ覚悟を感じた瞬間に違いない。

「そういえばこんなことがあったっけな」
 いきなりサキノが語り出した。好まざる人に嫁ぎ何十年も連れ添ったある日のこと、サキノは近所の友達数人と隣の只見町に食事に行くこととなった。店で配膳していた人に尋ねられ、金山町から来たことを告げた途端、その人の陽気なおしゃべりが始まった。
「金山って言えば、実は昔、金山の旅館の跡取り息子に惚れられたことあんだ。あの時一緒になったらオレも金山の人だったかもしれねぇな。その人はとにかく色んなものくれる人で、人はいいがオレの好きなタイプではなかった。しばらくして断ったわい。くれるもんは全部貰ったがな。ハハハ」
 サキノの友達のミドリ姉が、旅館の名を尋ねると、紛れもないサキノが嫁いだ旅館の名だった。
「この人はその跡取りのカカ(奥さん)なだよ」
 と、ミドリ姉が笑いを堪えながら教えると
「あらやんだ。困った。申し訳ねぇ。今日の飲み代はおらに払わせてくんつぇ」
 慌てふためく様子に、堪えきれずに一同大爆笑となったという。サキノが花婿候補(後の夫、私の父)との初顔合わせの日、花婿が意気揚々と名をあげた一人との思いもよらぬ遭遇だった。私の父(紀由)が私の母(サキノ)を前に大見栄を張ったものか、それとも父が根っからの鈍感なお人好しだったものか、真相は分からない。が、どちらも当たらずとも遠からずのような気がする。
 爆笑の後、サキノは皆の前でこう言ってのけたという。
「おらは大好きで一緒になったがな」と。
 きっと、またひと笑い起こったことだろう。

 「オレ一人くれぇは好きって言わねぇと、お父さん、むぞうせぇ(可愛そう)べ。ふふふ」
 強烈な第一印象が、連れ添った30年の結婚生活の中で変化していったものか、この含み笑いはそう単純でもなさそうだ。
 サキノの人生を辿る旅は、舞台を旅館に変えてまた幕を開けようとしている。あれよあれよという間に全く違う世界に放り込まれてしまったきかんぼサキ。怒涛の第2部が始まる。   (第1部 了)