孔雀羽のウキ | 奥会津ミュージアム - OKUAIZU MUSEUM

奥会津に生きる

孔雀羽のウキ

2024.06.01

井口 恵(いぐちめぐみ)

石井啓舟さん(昭和11年生 三島町)

釣りはフナにはじまりフナに終わる。
海、川、池、沼、、、あらゆる釣りの中でも釣り人の腕の差が如実に出る、始めやすい手軽さがありつつ、繊細で奥深い魅力があるのがヘラブナ釣りだ。
ヘラブナはキャッチ&リリースの“釣る”ことを楽しむ魚で、基本的には池や湖、管理釣り場での釣りが一般的だ。
ポイントにもよるが、只見川でも釣れる魚のようだ。
そのヘラブナ釣りで最重要アイテムとなる「ウキ」(魚が餌に食いついてきたことを知らせるための仕掛け)を作っている職人・石井啓舟氏に話を聞いた。

「自分で作ったウキで釣れた瞬間は、何とも言えねぇよなぁ。…やった人でなきゃわかんねぇな」
東京都葛飾区出身の石井啓舟さんは、“あげ羽”の屋号で50年以上ウキを作り続けている。
「釣りが好きで、はじめは買ったウキで釣ってたけど、全然釣れねぇ。だから自分で考えてウキを作り始めたら、通ってた釣り小屋の人に売ってくれって言われて、趣味でやってたのがだんだん商売になっちまった」
当時都内でタクシー運転手をしていたが、どんどん増えるウキの注文に追われ、気付くと本業として専念することになったそうだ。
奥さんの実家のある三島町に引っ越してからも、手に職を持った石井さんは活動を続け、北関東~東北のヘラブナ釣りを支えてきた。

ヘラブナの食いつきにより水面に浮いたウキが動いたら、アタリを付けて合わせる(引き上げる)。
「このアタリの見分け方が難しい。ただヘラブナの体が当たっただけでも動くから、ちゃんと食いつきを見極めて合わせなきゃ釣れない。慣れなきゃ見分けがつかないよ。そのアタリをウキの動きで感じるから、ウキ次第だな」
この数mmの動きを左右するのが、ウキの役目で、それには軽さが何より大事なのだという。
そのために材料として使うのが、孔雀の羽の根本部分だ。
煌びやかに輝く豪華な羽が印象的だが、その羽が付く根本部分の軸は、真っ白でほとんど重量を感じない。
5~8mmほどの軸を二つに割り、石井さんオリジナルの特許取得の型に入れて成形する。
水深や狙う魚の大きさ、竿や針、錘により使い分けるため数mmごとに長さの異なるウキを制作する。
ヘラブナ釣りを楽しむヘラ師は、一人平均50~60本くらいのウキを使い分けているという。

 

防水と装飾のためにカシュ―塗料で仕上げをするが、その分重くなる。
「羽だけが一番いい」
石井さんが作るウキは軽さを最優先して羽を研いだだけの、本来の優しい白色を残したものが一番人気商品となったそうだ。
三島町に来てから、孔雀の羽の代わりに、自ら畑で育てた箒草でも作っている。
そういえば私が石井さんに出会ったのも、「それなんですか?」と、畑で高く伸びる箒草を囲む作業をしている時だった。
軽さ重視のウキにさり気なく入った細い線の装飾は、全体をすっと引き締める。
1mmもないその線は、研究を重ねた結果、ピンと張ってコシのあるネズミやウサギの髭に塗料を付け、息を止めて瞬間に引いて描くという。

石井さんの、ちょっととっつきにくい寡黙な印象から、丁寧で丹念で繊細な意外性と出逢えた。あぁ、ここにもこんなに素敵な人を見つけた。
ゆっくりじっくり奥会津を歩いていると、この感動に出逢える瞬間が、何よりも興奮する。
専門的な分野のため、多くの人の生活には身近にないものだが、その技術の高さは全国でも作り手の限られる、まさに工芸品だ。
静かに、ひっそりと熟成される手仕事がまたひとつ、奥会津を照らす。