【きかんぼサキ】売り言葉に買い言葉~仰天の初顔合わせ | 奥会津ミュージアム - OKUAIZU MUSEUM

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【きかんぼサキ】売り言葉に買い言葉~仰天の初顔合わせ

2024.05.01

渡辺 紀子(わたなべのりこ)

 あまりに突然の話だった。夕食を取っていた時のこと、サキノの母親がいきなり話を切り出してきた。
「サキ、嫁に貰いてぇって話が来たんだが、考えてみねぇか」。
「おら、やんだ。行く気なんかねぇ」。
サキノの即答に、話はプツンと途切れてしまった。
 数日後のこと
「話だけでも聞いてみねぇか」
 と、また母が口にする。仕方なく話だけは聞いてみた。聞いたものの心が動くことはなかった。それから間もなくのことだ。今度は村の金次郎じぃさまが訪ねてきた。
「サキ、今日花婿来っから、おら家に来てみろ」と。

 金次郎じぃさまと花婿候補の父親は友達だった。友達から息子の相手を相談された時、金次郎じぃさまは本名村ならサキノが良いと強く推してくれたようだった。自分を見込んでくれた人の思いは無下にも出来ない。サキノは渋々ながらも従わざるを得なかったようだ。

 秋の刈り入れが終わった“秋じまい”の頃だった。通された座敷にはカマスに入った籾が山ほど積んであり、広い部屋の畳が4畳程度しか見えていなかったという。その4畳の空間でサキノが所在なく待っていると、程なく相手が登場してきた。
「何だ、にしゃ(お前)は。おら、にし(お前)のとこなんか貰わねぇぞ。おらには、貰ってくろって言ってんの何人もいんだ。〇〇にいる〇〇だべ。〇〇にいる〇〇だべ。バスガイドやってる〇〇だべ。〇〇にもいる。それから……」。
 入ってくるなり、この花婿候補の人物はこう言い放ったという。忘れもしない、総勢6人の名前と村を淀みなく言ったのだった。この不意打ちに、きかんぼサキが黙っているはずがない。サキノの応酬は間髪入れずに放たれた。
「オレにもいっぱいいる!鉱山でも貰いてぇって言う人いっぺ。本名にもいっぺ。それだけんねぇ、他村にもいんだ。」
 端から好かれようとは微塵も思っていないサキノにとって、相手の反応などどうでも良い。勿論、全くのでまかせだが、癪に障ったあまり、言わずにはいられなかったのだという。
「そっちもいんならちょうどいいな」と、花婿候補が言うと
「んだんだ、ちょうどいいわ。ほんじゃな」と、サキノも即答。
 会話はこれだけだった。物別れに終わるというまさかの事態が、二人の初顔合わせとなった。すぐさま帰宅したサキノに、母親が驚き嘆いたことは想像するまでもない。

 当然話は立ち消えになったものと、サキノはいつも通りの日々を過ごしていた。しかし、なぜか話は終わってはいなかった。数カ月後、またも母親が切り出してきた。
「やっぱり、こないだの人に貰ってもらうようにしねぇか。おら家はおどっつぁ(父)もいねぇし貧乏だべ。あぁだいい家に貰ってもらわれんだから、言うこと聞いてくろ」と。
「なんぼ、おがぁ(母)の言うことだって、聞くよね。やんだ!」

 ここに居ては逃れられない。サキノは決意する。家出しかない!と。思い立った次の日には、会社に辞表を提出。身を寄せる先を横浜の姉のところと決め、母親へと告げたのだった。一度決めたら母親の言葉など聞くはずもない。決めたようにさせるしかないと母は思ったのだろう。サキノが家を出ることを止めはしなかった。

 姉の家は工務店を営んでいた。サキノが幼い一人息子の子守をすることで、姉たちは喜んでくれた。サキノも可愛い甥、姉夫婦と過ごす日々に、不満を感じることはなかった。  
 2カ月程経った頃だ。東京にいる叔父に姉が呼び出された。姉は帰るなりこう告げる。
「サキ、和一叔父さんがあの家は間違いないから絶対嫁に行くようにって言ってたぞ。サキが言うこと聞いて帰るように決めたら、これを渡してくれって預かってきた」と。
 叔父からの贈り物は、ワニ革のハンドバッグだった。親族が全幅の信頼をおく叔父に、母親が説得を頼み込んだに違いない。これ以上姉に迷惑もかけられない。サキノは叔父の思いのこもったハンドバッグを抱え、後ろ髪を引かれながら横浜を後にしたという。

 サキノの“結婚逃避家出”は、叔父のとりなしで何とか家に帰ることにはなった。一件落着のようにもみえる。しかし、この後の展開もそう易々とはいかないことを、この時のサキノは知る由もない。