山からのご馳走 | 奥会津ミュージアム - OKUAIZU MUSEUM

奥会津に生きる

山からのご馳走

2024.04.15

井口 恵(いぐちめぐみ)

舟木トメ子さん(昭和20年生 三島町)

こきゅこきゅ、じゅわっ…。
たまらない。なにほど、美味しい。
奥会津に来て初めて出会った、この上ない感動の食材が、“ゼンマイ”だった。
新緑が煌き出す春先、奥山の残雪が消えた険しい斜面に出る山菜だ。
豊かな山に囲まれた奥会津では、冠婚葬祭や祭りごとには欠かせない、昔から親しまれてきた貴重な保存食でもある。

5月の連休のよく晴れた日、家先に敷かれた莚の上でゼンマイ揉みをする舟木トメ子さんを訪ねた。
大きな鍋を乗せた竈に手早く薪をくべ、ぐらぐら沸騰したお湯に大量のゼンマイを入れて茹でる。
「茹で具合が肝心なの。温度計なんて使わねぇ。花芽の色を見て茹で加減決めんだ」
茹で上がったゼンマイを、旦那さんが作った“すいのう”で大きな木笊に取り、素早く莚の上に広げる。
「見てるだけじゃわかんねぇ。やってみて初めてどんなもんかわかんだ。揉んでみろ」
茹で上がったゼンマイを、トメ子さんの真似をして莚の上で力を入れて揉んでみる。
まずは花芽を落とし、苦汁を出す一番初めの工程だ。
「うまくやるにはコツがいんの。1回目はさらっと揉んで、2回目から力を入れて、3回目で花芽を落とす。最初から力入れると潰れちまうからな」
力に任せてはいけない。丁寧に、でも素早くしっかり揉まなくては。
「莚の折り目に向かって横に揉まないと、滑っちまってダメだ。こうすんのよ」
雲一つない直射日光が降り注ぐ中、すぐに汗が噴き出してきた。
「うまいうまい。はぁよくできてる。日陰で休んでろ。水分も摂るんだぞ」。
1時間も莚の上にいると、強い紫外線でクラクラしてくる。
しかし、トメ子さんは止まらない。
1枚の莚のゼンマイが揉み終わると、隣の莚に移り、終わるとまた隣の莚に移る…。
乾燥が微妙に異なる10枚以上並んだ莚の上を、全体の状態を確認しながら次から次に揉みながら移動していく。
「おてんと様見ながら揉まななんねぇ。昔はゼンマイ揉みの時は家内中が忙しくて、ちーさい頃から手伝わされてた。太陽が熱いからそろそろ昼飯だけど、食ってる暇はないからな」
トメ子さんがそう言った直後、12時のチャイムが鳴った。
ちょこっと手伝って日陰でのびている私に構いながらも、トメ子さんは休むことなくくるりくるりと莚の上を飛び回る。

ゼンマイ作業は夫婦で分担している家が多い。
お父さんは日が昇ったら残雪を越えて奥山の絶壁に行き、日が傾く頃50㎏のゼンマイを担いで山から下りてくる。
お母さんはすぐに綿をとってゼンマイを茹で、天日で3日かけてカラカラチリチリになるまでひたすら揉んでいく。
よく揉めているゼンマイは、上から落とした時にひとつひとつがパラパラ解ける。
「やってるうちに、わがで考える。こうでなきゃなんねぇって、考えてやんのよ。骨折んなきゃだめだ」
ひと春手伝ったくらいでできるようになるものではない。
毎年毎年反省と工夫を繰り返して、天気と向き合いながら、手の中のゼンマイの状態を、体全体で覚えていく。

真っ黒になった大鍋も、茶色く色づいた木笊も、薄く擦り切れた莚も、何十年もゼンマイを揉み続けたトメ子さんと家族の歴史が刻まれている。
道具を作る人も、山に採りに行く人も、揉む人も減り続け、もしかしたら幻になるかもしれない、奥会津至高の珍味。
こんな手間と愛情いっぱいのゼンマイは、奥会津が生み出す最高のご馳走だ。