井口 恵(いぐちめぐみ)
諏江武雄さん(昭和27年生 三島町)
さぁ、雪解けだ。
新緑が萌え、花々が競い合うように咲き急ぐ奥会津の春は、飛び切り心がときめく。
このエネルギー溢れる陽気には、じっとしてなんかいられない。
朝早くからあちらこちらの畑で、冬の間閉じこもっていた人たちが活動を始める。
今年はどんな実りに、なるのだろう。
畑を訪れると、いつも元気をいただける人がいる。
ビーツ、ケール、ヒヨコ豆、エビネ、ジャーマンアイリス、ウチョウラン…
武雄さんの畑には、三島町ではあまり目にしない、ちょっと珍しいものがたくさんある。
約2000平方メートル、一人で管理するには広すぎるこの畑で、定番から珍しいものまで一体何品目何種類の野菜と花を育てているのだろう。
本人も把握していない。農家、ではない。あくまでも趣味だ。
「自分の好きなものを好きにやりたい。食べるのよりも作るのが、好き。贈って喜んでもらえるのが、嬉しい」。
そのお裾分けをいただける私は、もっと嬉しい。
「畑に来ると、ほっとする」。
畑で迎えてくれる泥まみれで汗だくの武雄さんは、少年のような好奇心と興奮でいつもキラキラしている。
そして、畑の野菜が、花が、ウキウキしているのが全身で感じられる、不思議な畑だ。
「はじめてに挑戦して、上手くいくとき最高に嬉しい。わからないことは調べて、毎日気にかける」。
昨年はメロンに挑戦し、完熟までの工程に翻弄されながら、高い値段が付くことに納得したという。
「1年に1回だけだから、失敗したら、来年はこうしてみようと考える」。
限られた機会だからこそ、そのプロセスが楽しくて、次の挑戦に胸を膨らませる。
毎年毎年試行錯誤を重ねて、工夫と改良を加えて独自の作り方を研究している。
「思うようにいかないから面白いし、かける時間と向き合う時間で正直に応えてくれるから、面白い。やっぱり愛情と熱意が大事」。
武雄さんの畑案内の中で毎回登場するのが、離れて暮らす奥さんと娘さんの存在だ。
畑でも常に写真とメッセージのやり取りが飛び交い、節になると旬の収穫物をたくさん詰め込んで贈る。
育てる野菜も、自然と娘さんが好きなものが中心になるそうだ。
武雄さんが楽しく畑を続ける後ろには、いつも奥さんと娘さんとの強い信頼関係を感じる。
「やりたいことが多すぎて、手が回らない。でも、時間がかかることは全然苦にならないから、苗は買わずにほとんど種から育てたいんだよ」。
畑が深い雪に閉ざされる冬には、春が来てからの畑構想が頭の中で繰り広げられる。
奥会津の人は、“待つこと”が得意だ、と感じることがある。
冬の間は、畑は雪の下で何もすることができない。
しかし、必ず春が来る、ことを知っている。
だからこそ、必ず来る春を待つ時間を、楽しむのだ。
何もしていない、のではなく、来るべき時に思いを馳せ、妄想を広げ、その時間を充実させる。
「常に来年のこと考えている。どうしようかなぁって作戦を立てて、構想を練っているときも、ワクワクしてる」。
巡る季節と共に新たな挑戦に向かう、楽しみが尽きない生き方。
時の流れと共に刻々と姿を変える花や野菜に向き合い続ける武雄さんは、広い畑でやることだらけ。
毎年必ず春は来るけれど、毎年違う春。
今年はどんな畑に、なるのだろう。