里山の自然現象 | 奥会津ミュージアム - OKUAIZU MUSEUM

奥会津に生きる

里山の自然現象

2024.04.01

鈴木 サナエ (すずきさなえ)

<モルゲンロート>
山に登ることの楽しみは、私の場合、何より、可憐で美しい花々に出会えることなのだが、他にも、思いがけず、いろいろな自然の現象に出くわす楽しみも、また忘れがたい。 
例えば、富士山や白馬岳では、早朝、大勢の仲間と一緒に、夏でも寒い山頂で、震えながら、東の空の雲海が輝きだすのをじっと待つ。刻一刻と色を変え、ついに太陽の光が眩くなって、ご来光となった時、どこからともなく、「うをお~」という声が上がり、正に歓喜の瞬間といえる。

また、ご来光とは別に、やはり早朝、昇り始めた太陽に照らされて、山肌が赤く染まる現象を「モルゲンロート」という。山岳用語なのだが、ドイツ語で「モルゲン」は朝、「ロート」は赤だそうだ。山で初めて見たのが、尾瀬の群馬県側にある、山の鼻の小屋に泊って、早起きして散策している時のこと。太陽が昇り始めた頃、突然、見上げた目の前の、形のいい至仏山が、赤く、大きく、美しく輝いていて、まさに「荘厳」の言葉がピッタリだった。
そして、去年11月初め、屋久島の宮之浦岳でのこと。暗いうちから登り始め、だんだんと夜が明け、太陽が昇ってくると、遠くの山が、赤く染まっているのが見えた。そして、歩く道々にも、周りの木々から漏れ出す光が、足元を、表現しがたい不思議な、濃い赤色に染めあげていた。踏みつけるのが怖いような、あまりの赤さに、思わず、みんなで歓声を上げたのも、モルゲンロートと言えるのだと思う。
それにしても、ドイツ語でモルゲンロートなどというと、随分と仰々しく、高い山でしか見られないように思っていたが、高山で見るよりは濃い赤にはならないものの、案外、普通に見ることができる。私の家の辺りからは勿論、西側の家の窓からだって見ることができるのは有難い。東から昇る太陽の光を受けて、スキー場のある後山や、その隣の要害山の山頂付近が赤く染まる。秋の山全体の紅葉が、より色濃く輝きだすのも得難いが、やはり、冬の寒い雪の季節、真っ白な山肌が赤く染まるのを見ることができるのは、登ったこともない冬山に登っているようで、清々しく、なんとも嬉しい。

自宅から見るモルゲンロート

<ダイヤモンドダスト>
娘が保育所へ通っている時のことだから、1985年2月頃のことである。朝、保育所へ行くために、先に飛び出していった娘が、道路まで行って、立ち止まり、
「お母さん、綺麗。」
と、両手を掲げて、嬉しそうに叫んでいた。見上げると、太陽の光を受けたダイヤモンドダストがキラキラと輝いて、娘の身体を明るく包み込んでいた。
ダイヤモンドダストとは、放射冷却などで冷え込んだ、風のない冬の朝、大気中の水蒸気が氷結し、陽の光を受けて、まさにダイヤモンドの塵が舞っているような、美しい自然の現象をいう。只見でも厳冬期に、まれにしか見ることができなかったが、最近では、ほとんど見ることができなくなったのは寂しい。

 <雲海>
雲海は、高い山に登った時とか、あるいは、飛行機の窓からも眺めることができる。眼下に雲の大海原、あるいは雲の大平原とも言える雲海を眺めることができるのも、山に登る者にとって、大きな喜びとなる。越後駒ケ岳に登った時は、山頂直下にある、駒の小屋の管理人の方が、夕暮れの雲海の一つの方向を指さして「向こうが、只見だよ。」と、教えてくださったが、勿論、雲以外には何も見えなかった。ただ、寒い中で友人と二人、震えながら、疲れた身体に心だけほっこりと温かくなったのを覚えている。
2022年11月、普通は、この時期、日も短く、冬に備える、秋じまいに追われ、山に登る余裕などないのだが、朝になって、急に、近くの要害山に登ることを思い立った。もう紅葉も終わり、花も咲いていないこの季節、天気もあまりよくない。眼下に町の様子が、手に取るように見渡されるはずの途中のガレ場からも、ガスがかかって、何も見えず、何も期待できなかった。ところが、山頂近くなって太陽が昇るころ、下を見渡すと、遠くに寝観音の姿にも見える、横山の山頂付近が淡い群青色に横たわり、その前方全体に、大雲海が広がっていた。こんなに低い山で、こんなに素晴らしい雲海を見ることができるなんて、今の今まで知らなかった、と、一人で大興奮だった。
後で、山の写真を能くする方から、要害山や蒲生岳は、低山でも雲海の発生率が高い山のスポットと教えられた。

要害山の雲海