Be here now | 奥会津ミュージアム - OKUAIZU MUSEUM

奥会津に生きる

 Be here now

2024.03.15

鈴木 サナエ (すずきさなえ)

  私の名刺には「Be here now ・・ 今 ここに・・」と印字してある。そして、かつての私のホームページのタイトルも「Be here now」だった。
もう20数年も前のことであるが、私はこの言葉をあるお坊さんから頂いた。言葉が人に勇気を与えてくれる、大げさに言えば、その人の人生までも変える、というか、目覚めさせてくれる。折々に頂いた、そんな人との出会いや言葉のいくつかを記していきたい。

 その頃、もう50歳にも近くにもなって、日々、どうしていいかわからず、グツグツと際限なく悩んでいた。夫は相談もなく単身赴任を選び、子供二人は手を離れ、家も離れて・・・。舅、姑との生活は自分らしさなどは微塵もなく、何処に身を置いていいかもわからないような有様だった。今思えば贅沢な生活なのだけれど、当時は深刻だった。顔は笑っていても、いや、無理に笑っているからこそかもしれないが、胃潰瘍や子宮筋腫と病が身体を侵し始めていた。

 アフリカでボランテイア活動の経験をしたり、その他にもいろんな国で生活したことがあるという、田舎にしてはちょっと異色なお坊さんと出会ったのはその頃だった。日本人でありながら、仏教のことはほとんど何も知らないけれど、宗教やお寺には興味のあった私は、ある日、尋ねてみた。
「如是ってどういうことですか。」
 お坊さんは、笑って何も答えてはくださらなかった。

 そうこうするうちに、私は子宮筋腫の手術を受けることになった。そのことをお坊さんに告げると、じっと私の顔を見詰めていたお坊さんは、「あなたの身体は手術を必要とするようには見えない」と言って、東京のM病院を紹介してくださったのだが、その時、私はかたくなにそれを拒み、かかりつけの会津若松の病院を選んだ。
 ところが数日後、絶妙というか、不思議としか言いようのないタイミングで、当時購買していた新聞の投稿欄に、他の病院でたらい回しされた挙句にM病院の産婦人科にたどり着き、命を救われた、という女性の体験談が載っていた。衝撃だった。私はすぐさま 上京し、紹介していただいたM病院の産婦人科を受診し、当然のように手術を免れた。
 そして、また、その直後に読んだ、健康雑誌の婦人科特集に、M病院の先生が大きく取上げられていた。

 その後、お坊さんとには簡単な禅問答のような話もしたが、大方は映画や音楽、本の話題、あるいは世間話も多かった気がする。

 そして、二年ほどして、お坊さんが只見を去ろうとする頃、周りには重い空気がよどんでいたと思う。私は少し勇気を出して、もう一度、問うてみた。
「如是ってどういうことですか。」
「Be here now だよ。」 
 と、ポツリと答えてくださった。
 お坊さんはそれ以上、何もおっしゃらなかったし、私もそれ以上何もいらなかった。

 今でも私は「如是」の本当の意味は分からないし、Be here nowが正しいかどうかもわからない。それでもBe here nowが仏教の根底をなす教えの一つだと思うし、仏教だけでなくあらゆる教えの、あるいは生き方の基本だと思っている。
 お坊さんからは
「今の人たちは 師を持たなくて可哀そうだ。」
 との言葉も聞いた。はた目にはハチャメチャな一面もあったお坊さんだったけれど、人を見る目は透明だったし、その教えも的確だったと思っている。
「Be here now」の言葉を届けてくださった師に巡りあえて、私は幸運だった。