【わっさな暮らし】丁度よいどぶろく | 奥会津ミュージアム - OKUAIZU MUSEUM

奥会津に生きる

【わっさな暮らし】丁度よいどぶろく

2024.02.01

井口 恵(いぐちめぐみ)

杉原善衛さん(昭和25年生 柳津町)
杉原和子さん(昭和31年生 柳津町)

奥会津では雪に埋もれる頃になると、その年の米で仕込んだ自慢のどぶろくを楽しんでいた。昔は農家を営むどの家でも作られていた家庭の味が、どぶろくだ。
(明治32年の酒税法により自家醸造は禁止されている)

柳津町は、農山間地域の活性を図り、昔からこの地域で親しまれてきたどぶろく文化を伝えるために “どぶろく特区”の指定をとっている。
善衛さんと和子さんのどぶろくは、その第1号として生産を始めた。
善衛さんが育てた米を蒸し、麹と水を合わせたものに混ぜ、酵母を加えたものを10℃で管理すると3週間ほどで完成だ。

「オレ、酒飲めないから」
あれ?どうやら善衛さんは昔からどぶろくを嗜んでいたわけではないようだ。
定年まで勤めた消防職員を退職してから、只見町で作られている焼酎の人気をTVで見て刺激を受けた。
早速研究試験場に通ってお酒の造り方を勉強するようになったという。
好奇心旺盛で、挑戦意欲の高い善衛さんは、新しいことへの取り組みに積極的だ。
「仕事の傍ら育てていた米を、ただ売るだけじゃつまらない、せっかく作ってる米に付加価値つけて売れないかなと思った」
自宅裏の建物を作業場として修繕し、農家民泊“吉野屋”の登録をして、令和2年に製造を開始した。
「言い出した時は私も仕事をしていたし、賛成ではなかったのよ。初期投資もかかるし、いつまで続くかもわからないし、収支計算も…」
一緒にテキパキと作業を進める和子さんが、少し難しい顔で当時を思い出す。
前向きで、軽快で、野心的な善衛さんの溢れる勢いと、慎重で、現実的で冷静な和子さん。
一緒にどぶろく作りをするようになってから、過ごす時間も変わってきたという。
「食事の時に、ゆっくり時間をかけて話し合うことが増えた気がする」

「あの人の(善衛さん)、人柄なのかなぁ。雰囲気が、味に出るのかな?・・・私は、考え方が少し堅いところがあるんだけどね(笑)」
なるほど。
ふくよかで明るい甘みは、朗らかで伸びやかな善衛さんにそっくりだ。
「俺の考えが甘いってことか(笑)?」
二人の軽快な掛け合いが飛ぶ。
この優しいどぶろくの一番のファンは和子さんで、その優しさを支えているのも、和子さんだ。
勢いで突き進む善衛さんの取り組みに、疑問や不安がないわけではないのだろう。
「楽しんでいることが、大事かなって。挑戦していることがあるなら、手伝えることは手伝おうって。応援しようと思う。・・・3割、ね」
どぶろくと今後の取り組みついて揚々と楽しそうに説明してくれる善衛さんを、隣で見守りながら上手に舵をとる和子さんの存在は大きい。
「手伝ってもらえなかったら、今、できていなかったかも」
男のロマン、女の不満。
善衛さんと和子さんが、絶妙なバランスで作り上げるどぶろくは、ふんわりまあるい味がした。

「今は会津外より、地元の人が美味しいって買ってくれるのよ。『昔飲んだどぶろくに近い』って、喜んで待っていてくれるの」
規模も大きくないので生産量も限られる中、地元の商店に卸すことは最優先だ。
善衛さんと和子さんが二人三脚で作る家庭の味。
最近ふるさと納税の返礼品にも指定され、徐々に県外からの注文も増えている。

瓶に彫刻を入れたり、古代米による色付きどぶろく、蒸留して焼酎の挑戦へも夢を広げる。
想いを嬉しそうにワクワクと語る善衛さんと、いつも少し困った顔の和子さん。
丁度よい二人のコンビネーションが、これからの柳津町のどぶろく文化を盛り上げる。