井口 恵(いぐちめぐみ)
青木基重さん(昭和13年生 三島町)
「終戦が小学校1年生の時で、小学校4年生になったときに配給で初めて長靴を履いた。温かかったわい。それまでは素足にゲンベイで、靴ズレしたところが痛くて痛くてなぁ」
その後、初めてビニールの合羽を着たのは20代半ば頃だったと記憶する。
「でも、今でも合羽は蒸れてダメだ。汗でぐっちょりなっちまう」
基重さんは、現在町内で唯一蓑の制作をしている工人だ。
私が奥会津に来てから、田んぼで、雪の中で、今でも時たま蓑に雨傘姿の方と出逢う。
本やアニメの昔話で観ていた風景が、実際に目の前に現れ、とてつもない感動を覚えた。
「冬は温かく、夏は涼しい。軽くて、汗でも雨でも身体が濡れない。健康的で機能的で、今でも実用に作って欲しいって人から注文があったりする」
材料となるヒロロを20把程使用し、ひとつ作るのに半月程かかる。
それは、根気のいる緻密で正確な技術で編まれ、編組品の基礎がすべて織り込まれた集大成で、造形的な美しさを纏っている。
ものづくりが好きで、20代の頃には最年少として近所の藁仕事場にも混ざっていたそうだ。
「近くの小屋にじさまばさまが集まって、でっかいたっこ(切り株)をくべた大きな囲炉裏の周りで藁仕事をしていた。荷縄綯い、ガニ蓑(背負い蓑)、スカリ…色んなものを見ながら作ってみた」
その後は教職、神職、畑に田んぼと忙しく、しばらくものづくりから遠ざかっていたが、退職後にふと、ずっと野良仕事でお世話になっていた雨蓑作りに挑戦してみたという。
「色々工夫してみたけど、どうしても首の丸みの所が思うようにできなくて、得意な人の所に習いに通った。でーも、ただ見てろ見てろってだけ言うんだ。それが理屈ではわかるけど、実際にやってみると、できない」
今は、ものづくりの工程やコツを丁寧にまとめた本や動画が簡単に手に入る。
それに沿えば、初めてでもそれなりの形には、なる。
しかし、私がたくさんの工人のものづくりを見ていると、教本には載ってこない、前後、奥行きにこそその核心があるようにも感じる。
作業場の配置、材料の調整、時間の使い方、所作や振る舞い、息遣いや視線…写真や言葉では切り取れない、瞬間瞬間の流れの中に通り過ぎるものだったりする。
「肝心なところは、場を共有した対話の中からしかわからない。作業の本質を見極めることが大事」
長年教職を務めてきた基重さんは、教え方がとても丁寧だ。
受け取る側が理解しやすいように順序だて、明確なコツやポイントをメリハリをつけて説明してくれる。
“見て学ぶ”が当たり前だった幼少からの自身の経験を生かして、“教える”立場となった。
「理屈なしに、見て手にしたものが、本当の自分のものになっている」
観察力、想像力、再現力を鍛え、豊かな人間育成と確実な技術継承が現在の役目だという。
心震えるものづくりの先には、これまで作り手が重ねた時と力、生き方や向き合い方が層になって見えてくる。
その貴重な技術を残したいと、何度か隣で雨蓑作りを教えてもらった。
蓑を作る工程では、半月朝から夕方まで毎日毎日時間を共にして学んだからこそ見えてくる要や勘のようなものに、ほんの少し近づけたような気がした。
どうやっても教本からは得られない、この場この瞬間からの学びが、ここ奥会津にはある。