井口 恵(いぐちめぐみ)
湯田正則さん(昭和52年生 南会津町)
どんっ どんっ どどんっっっ どんっ どんっ どどんっっっ
ビリビリっと全身が震えあがるように、太くて重たい音が、体の中を駆け巡る。
音頭を取り、空気を震わせ、人々を蒸し暑い夏の陽気に引き込んでいく。
日本全国各地で開催される夏祭りに、和太鼓は欠かせない。
南会津町で和太鼓の制作・修理に携わる職人、湯田正則さんに話を聞いた。
川田太鼓工房は、ケヤキやタモを主とした一本木から和太鼓を制作するところから始まり、板材を胴状に張り合わせていく樽の制作手法を用いた“ハイテク太鼓”で規模を拡大していった。
どんな材も無駄なく使え、安価で高品質な音色の良質な太鼓は、時代に求められていった。
湯田さんがアルバイトとして入った当時はハイテク太鼓の量産体制で、胴、皮、仕上げと完全に分業された状態に、本人の太鼓作りのイメージとは少し違った印象だったようだ。
時代の流れと共に会社の体制が代わり、現在ははじめから終わりまでを一人で担う、川田太鼓工房唯一の職人になっている。
「スピードと量に任せて簡単に作って簡単に売ってきてしまった。当時を思い出すと、丁寧に太鼓と向き合って来なかったことが、反省すべき点だと感じる」。
太鼓に限らず、作れば売れた時代、簡略化された安易な手法に移行し、手間暇時間のかかる工程はどんどん省略されていったものづくりは多いはずだ。
しかし今年、その流れの中で失われていった、手間暇時間をかけて丁寧に作っていた本来の太鼓作りに回帰していくことへの挑戦を始める。
まずは化学薬品で鞣していた牛皮を、米ぬかで乳酸発酵させる方法に切り替えていく。
試しに作ったものを触らせていただくと、確かに米ぬかで処理した皮は手触りが滑らかで繊維が細かいのがわかる。
「音も全然違う。より繊細で、深みのある音が生まれる」。
太鼓は繊細な調律とは少し異なり、野太く粗い、力強さと勢いが求められる楽器だ。
一度納品すれば寿命が長いため、修理が主な作業になる。
先人が作った太鼓を開けると、制作者の技術、意思、粗、性格までもが見えてくるという。
胴を削ったり、磨いたりの微調整を施すことで、太鼓が生まれ変わったように生き生きと鳴り響く。
本当に祭りが好きな人は、太鼓の「音」を大切にし、わずかな高低差、ほんの少しの音色差や、皮の張りにも注文が来る。
工房にお伺いした時、ちょうど本宮市高木若連会の青年たちが皮の張り替えに来ていた。
「良い太鼓は、跳ね返ってくる音が違う。胸にドンっと響いてくる。次の音が自分の中から出てくるみたいに、手が勝手に跳ねてくれる」。
青年たちが、地域が好きで祭りが好きで、自分に欠かせないものだと、張り替えた太鼓の音を興奮した様子で聞き入る。
「こうして音にこだわりを持ってくれる人がいるから、その期待に応えたい。本当に音を求める人は、絶対情では動かないように思う。歴史や見た目や大きさではない、音の良し悪しで判断するから、ありがたい。常に妥協しないで良いものを作り続けたいと励まされる」。
湯田さんにとっての「良いもの」とは、今までの経験から培った「完璧な音」の具合だという。
「作るのが自分ひとりになって、やらざるをえない状態で今に至ったが、やっているうちに自信につながっていった感じ」。
太鼓職人を目指してはじめた訳ではない湯田さんを、力強い太鼓の音を求める熱い祭り人達が育て、湯田さんが作った太鼓が叩き手の心を震わせる。
「自分が辞めたら、この地で続いてきた太鼓作りの技術がなくなる。なくなってから気づくことが多いなら、なくなる前になんとか残していく方法を考えたい」。
見えない未来への不安と、唯一の職人としての静かな覚悟が垣間見える。
「早く、思いっきり叩きたい!!」
張り替えの完了した太鼓を前に、青年たちの高揚した士気が伝わってくる。
今年の夏も、湯田さんの太鼓の音色が、人々を夏の熱気へと誘う。