井口 恵(いぐちめぐみ)
菊地俊男さん(昭和31年生 柳津町)
千歳棟 コーン コーン
万歳棟 コーン コーン
永代棟 コーン コーン コーン
家の四つ角を塩・米・酒で清め、家の一番高い棟柱を叩く音が集落中に響き渡った。
住む人が減り、空き家の取り壊し風景が多く見られる奥会津に、新しい家が建つ。
土地と建物の神様に工事の無事と家の繁栄を願う上棟式に、集落中から人が集まった。
「はぁ、いつぶりだぁ?」。
かつては集落をあげて盛大に行っていたようだが、最近では大変珍しくなったという。
空に向かって五穀豊穣を模した五色の旗がたなびき、厄を払い、家族永代栄えるようにと願いを込めて鬼門の北東方角に向けた大きな弓を建てる。
弓の弦部分に使う晒は、妊婦さんの腹帯に使うと安産になると言われて有難がられたそうだ。
「家を建てるってことは、一生一代の大仕事だった」。
千年も、万年も、末永く建物とご家族が、丈夫で幸せにありますように。
かつては、自分の山から木を切って家を建てることは大きな夢で、建てたくても建てられない人もいる中、新しい家を建てることは人生最大のイベントだったという。
「今は車を買うような感覚で、“建てる”でなくて、完成した家を“買う”感覚だからなぁ」。
時代の流れで仕方がないと言いながらも、どこか少し寂しそうに俊男さん(以下棟梁)がつぶやく。
「中学終わらない頃から大工になりたくて、卒業が楽しみだった。すぐに弟子入りして、はじめは掃除や一服のお茶出しから、盗める技術は惜しみなく盗んだ。まだ棟梁や兄弟子たちの言ってることがわからなかったけど、その時取ったメモが、今の自分の虎の巻になってたりするんだよなぁ」。
怒られるのが仕事だったと、懐かしそうに、嬉しそうに語ってくれる。
「修行期間は5年で、本当に面白くなってくるのが10年経つ頃。自分のやり方が見えてきて、親方から現場任せてもらえるようになんだ」。
現在はハウスメーカーによるプレカットの組み立て式が多い中、棟梁の仕事は墨を付けて木材を刻み、金物はなるべく使わずに“継手”で組み立てる。
継手の種類はたくさんあり、その技術に大工の腕が表れるという。
「古い家の取り壊し現場に行くと、ロマンを感じるよ。背組や継手に、何でこんなめんどくさいことするのかなって、当時の大工がどういう気持ちで細工したのか思いを馳せると、勉強になる」。
尊敬する宮大工の師匠の教えと生き方に忠実に、会津の家を、地元会津の木を使い、なるべく金物は使わない昔からの大工仕事で家を建てることに力を入れる。
「会津の家は、会津の土地に育った木が一番良い。無理がないし、適している。土地に根差した木材で、環境に適した、自然と呼吸をするような家づくりがしたい」。
朝から見学をさせていただいたが、見ていて気持ちの良い現場だった。
棟梁が細かく指示を飛ばすことは、ない。
「全員が工程を把握しているから、次に何やるか、何が必要になるかをわかっていて、自然と作業の分担が生まれてくる。年配者は歳とっても負けないぞって頑張るし、下は下で心配して気遣ったりするんだよ」。
各々が声を掛け合わずとも、自然と持ち場を見つけ淡々と作業が進んでいく。
現在は棟梁として、飴と鞭を使い分けて若手を育てることに力を注ぐ。
大工としての伝統的な技術はもちろん、大工仕事を通して、どんな社会にも強く立ち向かえる立派な人を育てていきたいと、現場を見守る棟梁の視線は、優しく輝く。