【きかんぼサキ】 銀座通り | 奥会津ミュージアム - OKUAIZU MUSEUM

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【きかんぼサキ】 銀座通り 

2023.09.20

渡辺 紀子(わたなべのりこ)

 サキノの家の前は集落のメインロードだった。工事が始まり銀座通りなどと呼ぶ人があったが、まんざら嘘でもない。食堂、飲み屋、肉屋、呉服屋、床屋、駄菓子屋、小間物屋、資材屋…そして何と映画館とパチンコ屋!初めて出来た店がほとんどだった。田畑がダムの水没にかかり、その補償金を元に商売を始めた人、売れることを見越して自分で始めた人、それらはいわば常設の店舗にあたる。その他、こうした大きな建設現場を巡って歩く人たちが、場所を借り短期間だけ店を構える仮設店舗も多かった。そして、それらに混じり日替わり店もあったという。
「地元の人が店屋を始めるばっかでねぇ、どっから来んだか急に店屋が出来る。今日あったと思ったら、その明日には無くなってたり…今日は食い物屋、次は本屋のまね事なんて、まぁ変わんのや。そうそう、祭りのテキヤみたいにな。場所貸してくれる人と仲良くなると、そこの座敷なんかに店広げてちっと長くいる人もあるようだった。オレは学校とか山に行く時、そこら毎日歩ってたからよっぱら(たくさん)眺めてた。小遣い持ってる子は夢中で買ったりしてたべな」。

 それまで月給取りと言った常時現金収入があるのは、限られた家だけだった。村で数人の役場職員、本名だけにあった区長事務所の職員、郵便局員…これぐらいだっただろう。あとの家は作物が売れた時が唯一現金収入を得られる時だった。男性は出稼ぎや、目先の利く人は何か小商いをしていることはあったものの、女性が自分で現金を得ることはほとんど見られなかった。このころを機に、女性たちもこぞって日銭を稼ぎに外へ出る。
 女性たちの中には、工事の“砂利しょい(背負い)”や“メーター掃除”に出た人も多かった。飯場の飯炊き、川底を調べる潜水士に船上から酸素を送る仕事、その頃まだ既製品がなかったため、作業着を縫う縫子として呉服屋に勤めた人もあった。新しく出来た店に雇われた人もあった。初めて手にする給料に、さぞ心躍らせたことだろう。

 サキノの家の現金収入は僅かな家賃収入だけだった。当然それがサキノの手に渡るはずもない。目新しい品々を横目に見ながら、ダメダメ!と心に言い聞かせ、見ないように足早に通り過ぎていたものか、はたまた、いいなぁ~と指をくわえて眺めていたものか…。
 ある1軒の店先に、いつもバナナが2本ぶら下がっていたという。サキノの友達の方はそこを通る度に食べたいのに買えなかったことが今でも忘れられない、と語っていた。かたや、サキノ曰く
「バナナ?そんなの全然覚えてねぇ。毎日あちこち眺めてはいたんだがな。まぁ買えると思って見てねぇからな。ハハハ」。
こちらの想像はまたも無用だった。

 サキノが通う本名小学校はみるみる生徒が増えていた。それでも親が工事関係の家の子は、親の仕事が終わるとたちまちいなくなってしまう。転校生の出入りも頻繁だった。電力会社の幹部の子供は比較的長くいて、その子供たちは明らかに違う雰囲気だったという。そうした子の服装や持ち物を羨ましく見ていた子もいたはずだが、サキノは子供らしい物欲や羨望を知らずに育ってしまったのかもしれない。

本名小学校記念誌
本名小学校生徒数の推移

「他から来た子のこと、そんな気にしたことねぇなぁ。大体学校以外で遊ぶなんて、まず無かったからな。学校終わっと、やんなんねぇこと一杯だべ。帰っとすぐ親戚の子守だってやらされてたしな。したからその子たちが何して遊んでたかなんてよく分かんねぇ。こっちは仕事早く終わすと、やっと遊ばれる。ビー玉、ギヤマ(ビー玉を平たくしたようなもの)、ペッタ、石けり、釘ぶち…遊びはなんぼでもあったからな。くるんぶち(クルミぶち)は冬の遊び。冬は仕事もうんと少ねぇし、豚もいねぇし楽しくて仕方ねかった。今みたいにブルもなくて雪は降りっぱなしで積もりっぱなし。そのお陰で、ビシャビシャしなくて藁靴もおそ濡れ(あまり濡れない)だった。雪固まっとカタユキ渡ってどこさでも行ける。雪遊びもうんと楽しかったのや」。
 これまで通りの遊びで十分満喫している。おやつはもっぱら柿の皮を干したもの。干し柿を作る際に一緒に皮も干すのだが、皮も同じように白粉がふいて食べられる。干し柿は大事なお客様用で、やたらに食べることなど出来ないものだったという。おやつも今まで通り何ら変わっていない。

「”アシダカ“って履物は、藁だけで編んでっから、へいじぇい(普段)用。それが草履(ゾウリ)となっと、おんなじ形でも藁に布混ぜて編むから、履きやすいし丈夫でおそ濡れなだ。何より全体に布の色入って、鼻緒のとこなんかうんときれいでな。これは何か呼ばれの時しか履けねぇ、よそゆき用なだぞ。草履履けっ時はワクワクしたもんだ!」

 ささやかなハレの日の装いに嬉しさが溢れている。サキノは相も変わらず銀座通りとは程遠い世界を駆け回っていたようだ