井口 恵(いぐちめぐみ)
鈴木みゑ子さん(昭和4年生 三島町)
豊作は、農家にとって何よりもの願いだった。
お嫁にきてから炭焼き、たばこ栽培を経て、山間の限られた土地に田んぼを起こして長年米作りをしてきた。
「銭とりしてる人は良かったけんど、百姓は惨めだった。生活は楽ではなかったなぁ。今は天国と同じだ」。
節約と我慢の中、生活に余裕はなく、苦労してきたことを話してくれた。
「上には上、下には下、いつになってもそうだと思う。どんな人でも良い時と辛い時を味わってんだな。今こうやっていられることには、昔の辛さは薄らいでまう」。
農家であるみゑ子さんにとって、団子挿しは一年の豊作を祈願する大切な行事だった。
1月14日の夜、各家では家族総出で忙しく団子を丸めた。
そば団子、あわ団子…
「昔は米が貴重だったから、米粉以外でも団子こしらってたんだ。今みたいに色付けなんてねぇ。みかんに糸つけて下げたりした」。
翌15日の小正月早朝に茹で、赤く色づくミズノキに挿しておめえ(茶の間)に飾る。
団子と並んで、毛糸やフェルト、布や折り紙で作った動物がたくさんかかっていた。
「昔は丸い団子と一緒に、団子で鶴とか亀とか米俵、預ってる動物を形作って飾ってたんだぁ。茹でっと首がもげっちまうから、格好良くはできねぇんだけどな」。
うさぎ、鶏、牛、馬、豚…一緒に暮らしていた動物への、感謝の日でもあったそうだ。
「家族と同じだかんな。大事にしたもんだ」。
なるほど。今年の団子挿しは、最近通っているデイサービスで作ったマスコットがたくさん並ぶ。
他にも“16団子”といって、少し大きめの団子を16個作ってミズノキに挿す。
団子だけでなく餅もつき、三角はそばの実に例え、長方形に切れ目を入れてくるっと巻いたものを稲穂に例えて飾ることもある。
たくさんの願いが色とりどり、まるで家の中に花が咲いたようだ。
団子を挿すミズノキは雪が降る前に採り、軒下に保管しておく。
ミズ(=水)ノキを1年間家から切らさないように、団子を挿し終わったミズノキは、束ねて家の2階に上げ火伏のお守りにするという。
去年のミズノキを使って団子を茹で、その茹で汁を門松の葉に着けて「火の用心」と言いながら家の周りに撒く習慣もある。
「火事が一番おっかないからな。ミズノキも茹で汁だって、大事に使うんだ」。
挿した団子は「二十日の風に当てるな」と言われ、19日には下げて団子汁やしょうゆ砂糖でいただく。
「昔は子供がいっぱいいだから、囲炉裏の火焚いてた脇の渡しの上に並べて焼くと、少しくらい硬くてもがりがり食ってすぐなくなったわぃ」。
「やってないことはない。大抵のことはやったな。大変なこともあったけんじょ、無我夢中に生きてきちまった。それが一番いいのかもしんねぇ」。
こたつの中でぽつりぽつりと話をしながら、手にした針が止まることはなかった。
大事にとっておいた真っ白な木綿のハンカチから、ミズノキをぴょんぴょんと賑やかに飾るうさぎが、ひとつ、またひとつと生まれてくる。