【エッセイ】山の向こうのニライカナイ① | 奥会津ミュージアム - OKUAIZU MUSEUM

小説

【エッセイ】山の向こうのニライカナイ① NEW

2024.12.01

菊地 悦子(きくちえつこ)

宮古島へ

 還暦を期に、高齢の父と暮らすために故郷の会津へ帰ってきた。ここは、どこを向いても山がある。考えてみると、こどもの頃から、山々は行く手をはばむ障壁のようで息苦しく、向こう側へ行きたい病にじりじりしてきたような気がする。山を越え、遠くへ。できるだけ、遠くへ。会津とはまるで正反対の沖縄の離島に引き寄せられたのも、心の底にはりついた、この病のせいだったかもしれない。

 子育てがひと段落し、親の介護にはまだ少しというそんなタイミングで、わたしは家族にいっときの暇を乞い、横浜から単身、宮古島へ渡った。地域振興事業を手がけるコンサルの会社から、現地の事務局として取材やネットワークづくりをやらないかと誘われたのだ。
 島のことなど何ひとつ知らず、半分休暇気分で、ほんのひとときの南国暮らしのつもりだった。しかし、ほどなく、どうしようもなく捉えられてしまったのだった。島に満ちる濃厚な気配に。歌うように祈り、祈るように歌う女たちに。気がつけば七年の月日が過ぎていた。

神々の島
 
 宮古島は、沖縄本島から南西約三百キロに位置する。さらに南には、八重山の島々が点々と弧を描き、台湾まで続く。島の周囲を、珊瑚の海特有の真っ白な砂浜がレースのように縁どり、海は、この世の青という青を集めたようなグラデーションを描きながら、水平線で空ととける。降り注ぐ光の大群を反射して、空と海が、爆発のような青色を極める一方で、その光の群れは、内陸部の色彩を奪い、すべては光か影になる。
 影を支配するのは、神々や精霊たちだ。ガジマルやクロツグがうっそうと茂って光を遮り、クバの木がすっくと天に伸びる一角があれば、そこはまずウタキにちがいない。ウタキとは神聖な拝所のことで、沖縄独特の信仰の形だ。そこには、神社の静謐とは異なる、野性的な霊性が宿る。宮古島には千を超えるウタキがあるという。どうかすると暴れ出しそうな濃密な霊的空間が、この小さな島には密集しているのだ。
 日が落ちて、漆黒の闇に跋扈するのは、夜行性のいきものやマズムン(魔物)たち。オオコウモリがばさばさと羽音を立て、腹を空かせたヤシガニが獲物を求めて集落に這い出る。陸生のホタルは、ほぼ一年中、ぼんやりした灯りを、ふわりふわり、ともしている。満月の夏の晩には、産卵を急ぎ海へと向かうオカガニの集団が道を埋め尽くす。ケケケケッと甲高く笑うのはヤモリだ。ヤモリが声を立てることを、わたしは島にきて初めて知った。
マズムンは神になりそこねた魂だともいう。かつて命だったものたちが、百パーセントに近い湿度のずっしりとした空気の中で、多くは浮遊もできず、ひっそりと層をなしているのだ。たまたま傍を通るものがあれば、気まぐれに足元に触れる。何もないところで転んだり、見知った場所で道に迷ったりするとき、島人はマズムンの仕業だといって肩をすくめる。この島では、こっち側とあっち側は、いつもどこかで重なっている。
  
ツカサと呼ばれる女たち

 ウタキは立ち入ってはならない場所だ。入ることが許されるのは、神と人とをつなぐツカサと呼ばれる女たち。意外にも、ツカサはくじ引きで選ばれる。候補者の名前を書いた紙片をザルに入れ、ウタキの神さまの前で何度も振るって紙片を落とし、落ちた回数が一番多い人から順番に指名される。不思議なことに、何度やっても、同じ紙片がザルから飛び出すという。

 宮古島の北に池間島という小さな島がある。今は人口五百あまりの貧しい漁村だが、カツオ漁が盛んだった時代はとても景気がよかった。よしこおばあは、池間に生まれて池間で育ち、当時の島の女たちがみんなそうであるように、池間の漁師と結婚して子どもたちを産み育てた。
 ただ、よしこおばあが、ほかと少し違うのは、数え五十二のときにオハルズのツカサに選ばれたこと。オハルズは池間一番のウタキで、島の神事(ニガイ)の中心になっている。よしこおばあは、ツカサ最高位のフンマとして、ニガイの一切を執りおこない、神と人との橋渡しをするという大役を担ったのだった。

「神様はねぇ、いるよ。ほんとうに、いるんだよ」

 それまで普通の主婦として、特殊な体験をすることもなく暮らしてきたはずが、神から名を呼ばれ、暮らしが一変する。親戚の結婚式にも葬式にも、畑仕事にも出ることなく、聖域の内側の人として、島の豊穣と幸福を神に祈り、神に仕える日々に突入する。ツカサになるということはそういうことだ。そして、よしこおばあは「神の実在」を思い知ることになった。

「バケツが見えてよ、柄杓が見えてよ、手が見えるよ。神様の手さね」

 ツカサになって間もなく、ニガイの最中にツカサたちの声が出なくなってしまったという。おかしいねと思っていると、掃除用のバケツがいつもと違う場所に置いてあり、取っ手をつかむ「手」が見える。神様の手だ、神様が怒っている、と、あわててバケツを元に戻したら、みなの声が戻った。
ニガイの間、ツカサたちは絶え間なく神歌を歌い続ける。三日三晩もウタキに籠ることもある。「あれは、神さまにやらされてるからできるさぁ」と、彼女らはいう。
 神歌をなんと表現すればいいのだろう。繰り返される独特の旋律と調子はブルージーで、島の古い言葉で綴られる歌詞は、こぼれでる嘆きのようにも喜びのようにも聞こえる。歌は、おそらく人が神と交信する唯一の手段なのだ。ツカサは歌うことで、神と一体となる。だからツカサに選ばれたら、長く難解な歌のすべてを数日で覚えなければならない。もちろん楽譜などはない。耳で聴いて覚えこむ。覚えきれないと思っていても、いざとなると、耳元で神様が一緒に歌って教えてくれるという。

「秋のユーグマイ(夜籠りニガイ)で、米袋にアカマチ(ハマダイ)がいっぱい入っているのを神様が見せるよ。それからはアカマチの大漁が続いたよね」

「旧暦3月の風のおさまりのニガイのときさ、若い女の神様がクバのウチワを持ってウタキから出て行くのが見えたよ。ウチワを持っていってしまったから、今年は風が吹かないはずねとわかった。そのとおり、その年は、台風がこなかったんだよ」

 神様はなんでも教えてくれるよ。よしこおばあは、数々の実証を示しながら、絶対の自信をもってそういうのだ。