菊地 悦子(きくちえつこ)
【その6】
「作戦会議を始めます
おらたちは放課後、図書館の片隅に集まっていた。
「僕とコウコで考えたんだけど、座敷わらし作戦はどうだろう」
カマモトのいうのはこうだ。おらが座敷わらしだとすればだが、座敷わらしには結構な能力があるという。
「前にもいったけど、座敷わらしは、普通家の中にいるんだ。座敷わらしがいる家はお金持ちになって、座敷わらしが出て行ってしまうと貧乏になる」
赤ん坊が産まれるとか、誰かがもうすぐ死にそうだとか、そんなときにはその家にいるが、だからといって金持ちになったり貧乏になったりはしない。それでもカマモトはかまわずに続けた。
「肝心なのはここから。座敷わらしは家の中でいろんな音をたてて、家の人を脅かすことがあるんだ。寝てる間に、布団の上にのって苦しい思いをさせたり、枕をひっくり返したり、悪い夢を見させたり」
カマモトの作戦は、おらが村長のところへ毎晩いって、村長を怖がらせるというものだった。
「大イチョウを伐ったら大変なことが起きるって、何度も何度も何度もいうだぞ。そのうち、村長、おっかなくなって、大イチョウ伐るのやめんべっていうがら」
コウコは、本当は自分がやりたいんだがというような顔をして身を乗り出し、それこそ何度も何度もおらにいった。他に方法もないので、おらは、ふたりのいう通りにやってみることにしたのだった。
村長の家は学校をはさんで、おらたちの集落の反対側にある。おらは、学校の先には行ったことがなかった。行く理由がなかったことが一番だが、なんとなく、おらの領域を越えるような気がしたのも確かだった。コウコたちには内緒だが、本当は少し、おっかなびっくりだったのだ。
学校を過ぎてしばらく行くと山桜の大木があって、そこを通るたび何かにじっと見られているような気がしたし、お稲荷さんは、「おい、おい」といかにも不機嫌そうにおらを呼んだ。おらはそのたびに、「お邪魔さま、お邪魔さま」といって駆けぬけた。
そうやってたどりついた村長の家だったが、結局、おらは夜中に、音ひとつ立てることができなかったし、村長の布団の上にのっかっても、村長はまるきり平気で大いびきをかいていた。おらを乗せたまま、村長がゴーというたび、布団は山のようにふくらみ、ガーというたび元に戻った。枕はひっくり返すどころか、触ってもビクとも動かない。ただコウコのいう通り、耳元で「大イチョウを伐るな、おらの大イチョウを伐るな」と唱え続けた。村長の耳に届いたかどうかはわからない。村長は憎たらしいほど、毎晩よく眠っていた。
カマモトのせいか、おらは最近、おらはどこからきて、何なのかを考えることがある。座敷わらし作戦でわかったが、おらは座敷わらしなんかじゃなかった。もちろん、河童が化けたんでも、沖縄から移住したキジムナーでもない。おらは、おらになったときからここにいる。きっと、このイチョウの木がおらの始まりなのだ。ということは、大イチョウの終わりはおらの終わりということだ。
コウコもカマモトも泣きそうな顔をしていた。
「だけども、おらだっておらが何かなんてわかんねよ」
「僕だって! 僕が見えないものが見えるのだって、どうしてなのか何のためなのかわからない。僕がこんなだから、母さんは心配して病気になったんだ」
本当は二学期が始まる前に、母さんが迎えにくるはずだったとカマモトはいった。しかし、病状が思わしくなく延期になった。カマモトはそれを自分のせいだと思っているのだった。
毎日冷たい風が吹き、そのたびに大イチョウは体を震わせ、黄金の葉っぱを落とし続けていた。落としても落としても、夏の間、繁りに繁った葉っぱはそう簡単にはなくならない。霜がおりても、ときおり小雪が舞ってもまだ幾枚かの葉が残っていた。
「もうすぐ根雪になんだべな」
村の人たちは、残り少ない大イチョウの葉を見上げては冬支度を急いでいた。最後の葉っぱが落ちると、どかっと雪が降り、それは根雪になるのだ。
すっかり見通しのよくなった枝に腰をかけ、雪をかぶった遠くの山を眺めていると、コウコが白い息を吐きながら走ってくるのが見えた。
「チイちゃん、すぐおらいさ来て」