山行記② | 奥会津ミュージアム - OKUAIZU MUSEUM

奥会津に生きる

山行記② NEW

2026.04.15

舟木 志子(ふなきゆきこ)

湯殿山  3月15日

 自宅の近くには昭和村の史跡となっている「阿久戸一里塚」がある。この一里塚には、梵天が掲げられ、その脇には「湯殿山」と刻まれた大きな石碑がある。梵天は、毎年1月3日に行われる「火祭り」という行事で、地区の男性たちが、藁と麻ひもで作った和紙の幣束が飾られ、長い木の棒の先に括り付けられて一里塚に掲げられる。これは昔から毎年繰り返し作り直されており、無火災、無災害、五穀豊穣などの願いが込められているという。ちなみにこの火祭りという行事については、またの機会に触れてみたい。
 この「湯殿山碑」は天然石を使った大きくて立派なものだ。地区の長老、酒井和男さんによれば、昭和26年5月3日の下中津川集落のほぼ全てが火災に見舞われた大火の際に、焼かれて崩れ落ちそうな様相となったため、両側面と裏側をコンクリートで補強されたという。故に建立の年月や由来などは確認できない。文字は、小中津川の現在の「とある宿」の家の先祖様(束原竜渓か?)が書いたと伝えられている。そうだとすれば、建立は江戸末期か明治初期か。

 

 それはともかく、毎日のように目にしている「湯殿山」という文字、この山にいつの日か登ってみたいとずっと思っていた。
 調べてみると、湯殿山は山自体がご神体であるため登山道は無い。したがってグリーンシーズンは登れないが雪の季節にはスキーやスノーボードなどを楽しむ人々がたくさん登っているらしい。自宅から登山口までは約3時間半。日帰りは厳しいし、一人では心細い。まあ、そのうち機会が巡ってくればと思っていたら、友人が誘ってくれて、その友人の知人で山形県の大江山岳会に所属するIさんがご案内してくださるとの事で、もちろん参加させてもらうことにした。
 前日は登山口の志津温泉に宿泊する。この付近は隠れ積雪日本一と言われているらしく、豪雪で有名な青森県の酸ヶ湯よりもたくさん積るそうだ。この頃でまだ4メートルもの積雪があり、奥会津などは足元にも及ばない。天気は午後から回復する予報だったため、山頂につく頃には少し雲が切れることを期待しつつ、雪のちらつく中を登り始める。
 歩き始めはナラなどの雑木林で、標高を上げるとブナの森、さらに登っていくと雪だけの純白の世界となる。山頂に近づくにつれ、ガスと雪、風もあり眺望は無く、先行者の踏み跡を頼りに一歩一歩登る。急勾配を黙々とひたすら足を前に前にと出し、ようやく山頂に到着。しかし山頂はホワイトアウトで、期待した青空や景色は拝めず風が吹き付ける。

 

 居合わせた登山者に写真を数枚撮ってもらい、すぐに下山する。下山時には数メートル先も見えず、踏み跡も消えかかっていて視界もすこぶる悪い。Iさんがコンパスを確認しながら力強く先導してくださる。標高が下がると少し視界が広がってきてホッとする。スキーやスノーボードの人たちが颯爽と滑り降りていく。気持ちよさそうだ。樹林帯に入ると風も弱まってきたため昼食をとる。熱々のカップラーメンは身体に染みるし、温かくて甘いココアは心までも元気になる。下山時も湯殿山はその全容を見せることは無かったが、とにもかくにも14:30に無事下山。リベンジを心に刻み帰路に就く。
 湯殿山は神様に「登らせていただく山」。次は青空の中を登らせていただけるよう、近所の「湯殿山碑」に日々お願いしよう。

コースタイム:志津温泉発7:40 山頂 11:10 下山 14:30