菅家 洋子(かんけようこ)
雪解けが、一か月くらい早いように感じる。あっという間に春がやって来そうな気配。というか、もう春だ、という感じさえする。雪が完全になくなるまでにはもうしばらくかかりそうだけれど、ぼんやりしていると置いて行かれてしまいそうな、新しい季節の勢いがある。
先日、昭和村の交流・観光施設「喰丸小」に出店をしている人たちと、この出店事業「よいやれ屋」を取りまとめる役場職員さんとの意見交換会があった。本屋「燈日草(トモシビソウ)」として、月に数回ほど出店している私も参加した。そのなかで、人出の少ない1月、2月に何か催しをしてはどうかと提案があり、「団子さし」と「豆まき」が候補にあがった。それらの行事については、みなそれぞれに経験や思い出があり、あれやこれや話が大いに盛り上がった。なかでも「やまなみ会」の元気な姉さま3人組が語ってくれるお話は、とても興味深かった。
「団子さし」では、カボチャ、豆、キュウリ、ナスなど、色々な野菜を模した団子を作って、ミズの木に刺した。会津美里町からお嫁に来た姉さまは、子どものころ稲穂をくわえたキツネの団子を作ったという。団子は「ジュウクの風に当てんな」といわれ、19日までにもぐようにする。集落によって「ジュウナナの風」だったり「ハツカの風」だったり、様々あるようだ。姉さま3人携帯電話を開き、今年の団子さしの写真を見せてくれた。「みんな写真を撮って残しているんだなぁ」と驚いていると「孫に送るんだ」と。「面倒にならないんですか」と問うと「続けてきたことをやめてしまうのは、気持ちがよくないから」と言っていたけど、その裏には、無事を願う大切な人たちの存在があるのだなと思った。

「豆まき」の話は、それが子どもの頃どんなに楽しみだったか、これまた大いに盛り上がった。夜、子どもたちはハギレを縫い合わせた「はぬいっこ袋」を持って、家々を回り、まかれる豆やお菓子を拾って歩いた。寒い座敷で、裃を着た家主が長々と述べる口上が終わるのを待つのがもどかしかったと。家によっては、炒った豆だけでなくお菓子がまかれる家もあった。お菓子は炒り豆とは分けて別のはぬいっこ袋に入れたという話から、特別なうれしさが伝わる。持って帰った炒り豆は、砂糖をからめて食べたり、石臼でひいてきな粉にしたそうだ。
「よいやれ屋」意見交換会はいつの間にか、いきいきとした学びと伝承の場になっていた。姉さまたちの明るさ、前向きさと頼もしさに、改めて触れる機会でもあった。姉さまたちは、やってくる春に似ているのかもしれない。
雪のなくなった会津盆地の田んぼに、もう行ってしまっただろうと思っていた白鳥の姿があった。雪が消えると、白鳥もいなくなる。はじめは名残惜しさを感じながらその姿を眺めていたけれど、せっせと落ち穂を食み、羽をぐんと広げるこの白いからだに、これから飛び立ち、長い旅路をゆくための溢れんばかりのエネルギーが満ちているのだと思うと、さみしさよりも、その力強さへの憧れに心が揺れた。自然や生きものたちが見せてくれる、変わりゆく季節へ向かう姿に励まされ、私の心も少しずつ春に向かっていける。
