渡部 和(わたなべかず)

九月に入り雨の降る日が多くなった。蒸し暑さは続いているが、朝は長袖をはおりたくなるほど急に涼しくなった。夏野菜は盛りを過ぎ、ジャガイモのあとに蒔いた大根も順調に育っているようだ。
このあたりでは盛夏にジャガイモの収穫をする。私の住む三島町大石田地区は雪が深い。春、畑の雪がすっかり解けるのを待っていると植え付けが遅くなってしまうので、雪の消えた畑の隅に種芋を並べ、藁を薄くかぶせて発芽させてから、本番の畝に植え付ける。種芋は半分に切り、切り口に灰をまぶして土に置く。切り口を乾燥させ病気を防ぐためだ。種芋を切るときはイモをよく見て、芽と芽の間に包丁を入れる。
義母に習いながら、土の上にしゃがみこんで慎重に作業した日を思い出す。中腰のまま素早く移動しさっさと終えてしまう義母から見れば、さぞもどかしかったことだろうが、いつも「上出来だ」と褒めてくれた。
義母から畑を受け継いだ夫は、今年初めて、この「種芋を発芽させる」作業を省いた。例年にないほどの豪雪だったにもかかわらず雪解けはどんどん進み、白い壁のようだった畑も、思いのほか早く土を覗かせた。こんな天候の時は、種芋を直接植え付けても大丈夫だろうと見込んだのだ。
そして例年通り七月の終り頃、ジャガイモを収穫した。毎年、炎天下のイモ掘りは覚悟して臨むが、今年は朝から刺すような日差しと高温に、始める前から汗がしたたり落ちた。枯れて褐色になったイモの茎を引き抜き、イモを傷つけないよう注意しながら小さな草取り鎌をそっと土に差し入れる。下から持ち上げるように掘り起こすと、ゴロっとイモが姿を現す。
ところが、今年は土が違っていた。例年は、表面が熱くなっている土の中に手を差し込むと、ひんやりと冷たかった。ゴム手袋でもはっきりわかるほど地中の温度は低く、土はほろほろとほぐれた。それが今年の土はいつもほど冷えていない。そしてとても硬かった。イモだ、と思ってつかむと土の塊りなのだ。
隣のおばさんが見に来たので「うちの土、固まってるんですよ」と言うと、「おら家もそうだよ、こんなこと今までなかったなあ。雨降らなかったからでねえか」と言った。
今年は梅雨らしい梅雨の時期がなく、六月から盛夏のような暑さが続いていた。わが家のジャガイモはトウヤとキタアカリの二種類だが、トウヤは多くが腐っていた。キタアカリも皮の表面がざらざらしたり、割れ目が入ったりしていつものようではない。夫はがっかりしていたが、夫婦二人、次の春まで食べられる量は十分に収穫できた。
セミの声がいつのまにか遠のき、夜はいっせいに虫の合唱がはじまる。波打つススキの穂、生き生きと蔓を伸ばす野ブドウ。長かった夏の終りを、野山はたしかに告げている。