【きかんぼサキ第2部】教えられ、支えられ | 奥会津ミュージアム - OKUAIZU MUSEUM

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【きかんぼサキ第2部】教えられ、支えられ NEW

2025.02.01

渡辺 紀子(わたなべのりこ)

 サキノの毎日は、旅館の仕事は勿論、集落の人の顔と名前そして、各家の様子なども覚えていかなくてはならない日々だった。何も分からず二十歳そこそこで嫁いだ嫁は、おそらく好奇の眼差しで見られていたことだろう。優しく親切に接してくれる人もあれば、お手並み拝見といった気配で接してくる人もあったという。サキノは無意識ながら、頼りとする人を探しながらの日々を過ごしていたのだった。
 ただ無我夢中で進む中、そのうち気に掛けて下さる人も現れてきた。嫁いで少し慣れて来た頃のことだった。
「嫁、嫁、君に頼みたいことがあんだが、月に一回、一泊か二泊ここに泊めて貰えないだろうか。ここに籠って、なかなか家ではじっくり出来ないような仕事をしたり、何にも考えないでいる時間を過ごしたい。そんなことで、毎月の部屋の手配を君にお願いしたい」と。
 こんな話を持ち掛けてきたのは栗城富三郎さんという方で、当時金山町の収入役を務める方だった。歩いて僅かのところに住む方が、あえてここに泊まる。宿をとる目的は、自由に一人の時間を過ごす為だという。当時のサキノには思いもよらない発想だった。このことは、サキノが旅館に求められるものの多様さを、初めて考えさせられた出来事だった。とても印象深いことだったという。

 舩城英作さんは、後にはサキノ達夫婦に計り知れない影響を与えて下さった方の一人だ。  
 どの集落にも、あの家は格が違うと思われる家が何軒かはあったもので、ここ玉梨において舩城家もそういう家だった。夜、二人が出掛ける時は、英作さんの元に行くことが多かった。英作学校とでも言ったものか、英作さんが二人だけに自身の哲学を説いて下さっていたらしい。厳しい𠮟咤激励に、時々紀由は音を上げていたという。
 ある日のこと、英作おんつぁがいきなりサキノの元に現れた。
「サキ、いっきゃわせたい(行き会わせたい)人いっから、一緒に付いてこぉ」と。言われるがまま従うと、目指した先は中川の星源之助さんの家だった。
 この方は会津若松の会津中央病院の創始者で、サキノですら名前だけは知る程の有名な方だった。そこには、源之助さんの母親・おたけばぁという方がいらっしゃった。
 すぐに家の中に招かれ、英作おんつぁの軽い挨拶が終わるや否や、おたけばぁは突然腹に巻いた晒をグルグルほどき始めたという。晒の下に腹巻もつけていた。その晒と腹巻を二人の前に脱ぎ捨て、
「これから便所に行ってくっから、これちゃんと見ててくろぉな」
 そう告げて奥に行ってしまったという。
 突然目の前で晒をほどく行動にも面食らったが、何気なく見たその晒と腹巻の塊に、サキノは腰が抜ける程驚いた。腹巻から少し飛び出していたのは、いくつかのお札の束だった。
「声は出さなかったが、いやぁたまげたな。生まれて初めて見たが、札束がごっそり見えただぞ。あんな束見たの、後にも先にもあん時一回だけだ。したが、横にいる英作おんつぁは平気な顔してっぺ。仕方ねぇ、オレも黙って平気なふりしてたわい」
 間もなく戻り、また悠然と腹巻と晒を巻き終えたおたけばぁに、英作おんつぁは、
「これは、今度恵比寿屋に嫁になった子で、サキノっていう子なだ。これからこれらに本気で稼いでもらわなんねぇ。まぁ面倒見てくんつぇな」
 そう告げたという。おたけばぁが発した言葉は、「分かった」程度のものだったようだ。他に何か訊かれることもなく、サキノの紹介を終えるとそぐにその場を立ち去ることとなった。あっという間の出来事だったという。
 おたけばぁの行動は一体何だったのだろう。サキノはまるでキツネにつままれたようだった。
「何もオレだちの前でやんなくても、奥でやったらいいべ。こんなオレみてぇな子めらにあの姿見せて何なんだべって、たまに思い出しては考えてたわい」
 
 英作さんの娘に当たる舩城ミネさん(78歳)が、こんなことを語って下さった。
「おたけばぁっていう人は家と遠縁でもあるけど、すごく家の父親を信頼してくれてた人だった。玉梨の貧しい家から嫁いで息子をあれだけ立派に育て上げたのは、相当な負けん気と自負がなければ出来なかったこと。様々な苦労もある中、とても駆け引きの上手い賢いばぁだったよ」と。
 サキノは振り返る。
「少し大人になってから、あのばぁと英作おんつぁはオレの前で一芝居ぶったんねぇかなって思うようになった。あの札束は決して見せびらかした訳ではねぇ。まず、英作おんつぁを、ばぁはこれだけ信頼してるってことをオレに見せた。そしてこれから色んな客相手にすんだから、あんな金見たくれぇでおろおろすんな!なんてこともな。なにより、子供を大した子に育て上げた人の貫禄。あん時、女にとって子育ては、なにほど大事な一大事業なんだなぁって思わせられた。ニシ(貴方)もオレみてぇに頑張んだぞ!そうすっとこんな褒美が授かるからなって見せられてたのかも、なんて思っただ」と。
 二人の大人たちは貧しい環境から嫁いだ嫁に向けたメッセージを、言葉ではなく行動で示してくれたのかもしれない。サキノの心の成長によって深められていくだろうメッセージを…。

 何気ない日々の瞬間、こうした気付きを下さる大人たちが、サキノの前にふっと現れていたようだ。数々の出会いの妙味によって、サキノは支え続けられていたのだった。