【きかんぼサキ第2部】怖い部屋 | 奥会津ミュージアム - OKUAIZU MUSEUM

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【きかんぼサキ第2部】怖い部屋 NEW

2025.01.01

渡辺 紀子(わたなべのりこ)

 いつ頃だったのだろう。サキノの旅館に宿泊したお客様が
「いいところだったんですけど…何だか少し怖い部屋でした」
 こんな一言を、去り際にそっと呟かれたことがあったという。それは、玄関を入って一番奥、川に面した部屋に泊まられたお客様だった。その建物は昭和44年の水害後に建てられたものだから、その後のことには違いない。もしや幽霊?それまで一度もそんな話は聞いたことが無い部屋なのに一体何事が?言われたサキノも、とっさには意味が分からなかったという。

「買ってくんつぇ」
 当時、旅館の元には様々な人が品物を売りに来るものだった。春には山菜、夏には川魚、秋にはキノコと折々の自然からの恵みが持ち込まれていた。そうして、雪に埋もれた冬でも恵みはちゃんともたらされるのだった。
 それは、狩猟で獲れたものだった。その頃は鉄砲ぶちの人が持って来るウサギを、鍋にしてよくお客様の食事に提供していたようだ。その他、ヤマドリやカモも持ち込まれていたという。
 当時、鉄砲ぶちをしていた押部文衛さん(75歳)が語ってくれた。
「きいあんつぁ(紀由)のとこに、獲ったの持って行くと何でも買ってくれるもんだった。オレはカモをよく買ってもらってた。ヤマドリは蕎麦のしたじ(たれ)にいい出汁が出るって、みんなが欲しがるもんで、たまにそれも持ってってた。鉄砲やっていいのは11月の15日から2月の15日までだべ。その間でも1月の頭頃までのヤマドリは、脂がのって特に旨いだ。ウサギも寒の時の“寒ウサギ”は、それ食うと風邪引かねぇって言われてて、そんなのもたまに買ってもらってた。ヤマドリは1羽1万円、カモとウサギは3千円だったな」
 狩猟からの恵みは貴重な食材となるのは勿論だが、毛皮や剝製といった形での利用もあった。毛並みの綺麗なテンは襟巻として喜ばれるものだったが、そうした商品になる為には、皮をむいて脂をぬくような下処理が色々ある。そんな仕事を手間賃程度でやってくれる人が、この辺りにも何人かいたようだ。そして、処理の済んだ皮を売る。隣の三島町の名入に毛皮商がいて、この辺りのものを一手に取りまとめていたらしい。

 襟巻を売りに来る人は無かったものの、剥製を売りに来ることは多かったとみえる。押部さん曰く、
「あの頃、剝製作んの流行ってたからな。でもオレがきいあんつぁに剝製買ってもらったりしたことはねぇ。オレは家でちっと飾ってたくれぇだ」
 紀由が旅館に飾っていた剥製は、怪しい古物商のような人から買っていたのではないだろうか。サキノに確認するが、はっきりしたことは分からなかった。
「とにかく、オレが買ってたのは夏のカジカだけ。子めらが目の前で獲ってたからな。それ以外はひとっつもオレんとこには売りに来ねぇから分かんねぇ」
 カジカ以外のものは、サキノの居る旅館の方ではなく、紀由の居る商店の方に全て持ち込まれていたようだ。旅館で使うものなのに旅館に売りに来ない。不思議な話だ。もしかしたらお人好しの紀由の元に持っていくのが良し、といった見えない情報のネットワークでもあったのでは?ふと、そんな妄想が頭をよぎる。他所を商いで巡る人達だけが知る訪問先リストのような…。何はともあれ、紀由はこうして持ち込まれた剥製も一つ残らず買い取っていたのだろう。

 怖かったと称された部屋には、こうして購入した沢山の剝製が飾られていた。言うまでもなく、全て紀由が並べたものだ。ぼんやり記憶をたどっただけでも、床の間には手に徳利を持ち、まるで酔って千鳥足風の立ち姿のタヌキ。ショーケースに入った仔馬。飾り棚を見ると、綺麗な毛並みのテンとヤマドリ。柱には大きなカメがぶら下がる。また、その部屋に行く廊下にも何体かのキツネやタヌキ等が置かれていたような気がする。この部屋、確かに薄気味悪く怖かったに違いない。つい漏らしていかれた感想の意味は、あらためて部屋を眺めただけで一目瞭然だった。
「こおだ動物園のようなことしてっから、お客さんたまげっちまっただぞ」
 またも、サキノの小言が出る。
「なんでだべなぁ。お客さん喜んでくれっと思ったのになぁ」
 紀由の思いは明らかに残念な形で伝わってしまっている。やむなく剥製たちは、分散して置かれることとなった。

「こぉだとこに寄ってもらったのも縁だからな」
 紀由は、どんな怪しい物売りの人にも、そう感じてしまうらしいのだ。
 ある年、初めてのアカハラが届いた日のこと、魚を焼く紀由の元にまたも見知らぬ人が訪ねていたという。
「いいとこに来てくれやった。今日は初物だ!こぉだ日に寄ってくれやったのも何かの縁。持ってって食ってくんつぇ」。
 お陰でその日、本来のお客様に出す分を追加で焼くはめになる。サキノがカンカンになったことは言うまでもない。
 新しい剝製を前に、紀由曰く、
「これは銀座の画廊にも飾ってあんだと」。
 剥製を飾る銀座の画廊。一体どんな画廊やら…。

「あんな仏様のようなこと言って商売やってられんだら、オラだって何ぼでも言うわい!」
 サキノの口癖だ。こうして知らぬ間に見慣れぬ品が旅館に舞い込んでくる。
「また、銀座の画廊だな」
 サキノが言い放つのだった。