只見の自然に学ぶ会 | 奥会津ミュージアム - OKUAIZU MUSEUM

奥会津に生きる

只見の自然に学ぶ会

2024.09.01

鈴木 サナエ(すずきさなえ)   

 8月9日、この日は「只見の自然に学ぶ会」の花暦調査の日だ。花暦調査とは月に一回、雪解けから降雪前まで、調査地を歩き、蕾、花、種をつけている植物を全部記録していくという、気の長い、根気のいる、しかも緻密な作業であり、勿論、何より知識を必要とする調査だ。「只見の自然に学ぶ会」ではこの調査を2013年から、奥会津ただみの森キャンプ場を手始めに、要害山、季の郷湯ら里周辺、蒲生岳山麓、癒しの森、黒谷林道、寄岩林道、楢戸沢林道、朝日ヶ岳登山道と続き、去年は10年ぶりにキャンプ場を再調査し、この日はまた10年ぶりの要害山の調査となる。

 集合時間の9:30に要害山南尾根登山口駐車場に行ってみると、あれ、今日の参加者は私もいれてたったの4人・・・でも大丈夫、Tさんご夫妻はこの調査の発案者であり、記録して整理し花暦を作成して下さっていて、全面的な責任者である。そしてまた、ご子息のAくんは花、虫、鳥の知識が豊富で良きアドバイザーでもある。要するに無責任なのは私だけ・・・なのだが、歩きながら花を愛でる気持ちはだれにも負けないつもりでいる。

 まだ歩き始めないうちから、今、問題視されている外来種のオオハンゴンソウが目に付く。クズの花も今を盛りに咲いていて、周りにいい香りが充満している。足元には白いボタンズル、いやコボタンズルかと早速図鑑を出してああでもない、こうでもないの論議が始まる。少し行くと、目立たない湿地に只見ではボンバナと呼んでいるエゾミゾハギのピンクが鮮やかだ。またゆっくり登っていくと、ノリウツギやキブシ、オカトラノオの花は終わり、サワヒヨドリの花が秋を感じさせてくれる。近くに小さな湿地があるのだが、歩きやすく、良かれと思って造成した側溝によって、貴重なモウセンゴケの生育が危うい。側溝から離れたカキランは思っていたよりダメージが少なく、私達を安心させた。ジグザグ登っていくと、A君がアワガタケスミレの残存のような小さな花を見つけた。ここは春先、三条市の粟ヶ岳で発見されたアワガタケスミレと朝の連続テレビドラマでお馴染みの牧野博士が命名されたマキノスミレが一面に咲く場所なのだが、今の季節に花が咲くのは珍しく、これも貴重な記録となる。そうこうするうちにN代表が急ぎ駆け上がってきた。これで万全な体制となる。まだ稜線にもならないのだが、ここで大休止。N氏が加わったことによって、要害山が山城であった頃の水場のこと等も話題となった。

 稜線にグリーンタフの岩場が表れ始めた時頃、眼下に大きな鳥が旋回していた。鳥が全く分からない私は、トンビではないな、と思って見るうちに山影に消えていった。鳥にも詳しい4人によると、最初はクマタカかと思われたが、いち早く双眼鏡を取り出したN氏によってハチクマと断定された。間もなく木陰に長いシマヘビを見つけたN氏。この辺りはヘビも多いから、大型の猛禽類が飛んでいるのもうなづける。
 時折、8月の太陽が照りつける暑い中、只見の山の稜線を形どるキタゴヨウが続き、花は少ない。すると突然にN氏が平然とキタゴヨウの中の一本の針葉樹を指さして、「これはネズコだ」と言う。
 ネズコは別名クロベとも言い、会津朝日ケ岳には大木もあるし、桧枝岐にも多くあって、伝統工芸品のマゲワッパは昔はネズコで作られていたと聞く。しっかし、私はこんな低山にネズコがあるなんて知らなかった、と、浅学を恥じ入った。

 興奮気味の私をしり目に、Tさんご夫妻はゆったりとこまめにメモを取り、少し疑問を感じた植物などは大きな標本箱に収めていく。Tさんご夫婦はあまり写真は撮らず、よく観察し、図鑑を取り出して調べていくという調査方法のようで、そんな姿が今さらながら、とてもクラシカルに感じられ、好ましかった。ネズコの次はヤマシグレの赤い実が衝撃的に美しい。しかも早くも新芽が出ていて、その立ち姿がまた柔らかながら毅然と美しい。

 そんなこんなで頂上を前に樹下の日陰を見つけ、昼食となる。吹く風が心地よく、浅草岳の頂上付近もよく見えて、近くに感じられる。昼時の話題は目の前にあるヤマグルマ。これは、豪雪の只見では珍しく常緑樹で高木となる。接着材としても利用され、かつては盛んに越後方面に出荷されていたらしい。
 頂上付近では只見では珍しく大木になったミヤマナラを確認し、ミヤマウズラも見つかった。

 N氏のかつてこの付近が山城であった頃の遺構の説明を受けながら、下山は大土山方面に向かう。いつの間にか、登山道はかなり標高の高いところまで舗装されていた。山際が大きく削られた場所に紫の綺麗なソバナが咲いていて、撮影タイムとなった。と、その反対方向に、見たこともないシソ科の植物があって、N氏を喜ばせた。Tさんが丹念に図鑑で調べた結果、あっけなく「ニガクサ」と解決し、N氏は調査の喜びを奪われ、がっかりしていた。そして、早速、ニガクサが苦いかどうか噛んでみて確認するのを忘れなかった。程なく、香りのいいアブラチャンの実を見つけ、只見の方言名は木をジサガラと言い、その実はジサガラボッコと言う。長浜にあるアカミノアブラチャンの希少性などを話題にしながら、歩いた。カーブを曲がると、あらかじめ下山コースに車を回しておいて下さったTご夫妻の車で帰路についた。

 「只見の自然に学ぶ会」は準備期間を含めると、設立してから26年になるという。私もそのネーミングから、自然から学ばせて頂こう、というN代表の姿勢が見えて、早くから入会させて頂いている。設立当初は5人から始まったと聞くが、今ではN代表の趣旨に賛同する会員は80人ぐらいで、約半数が町外会員である。以前は著名人をよんでの講演会や大々的なサミットなどを開催していた。只見がユネスコエコパークに登録され、只見の自然がある程度認知され、目的が達成されたとの判断なのだろうか、最近では、花暦調査を始め、ユビソヤナギの調査、あるいは地元の若い研究者やベテラン研究者の講演会、あるいは地域巡りなど、只見に密着した活動を行い、内外に発信続けている。勿論、焼肉パーティーなどの、親睦も忘れない。こんな地道な活動がTご夫妻はじめ、町外の方々にも共感を呼び、実を結んでの「只見ユネスコエコパーク」なのだと、しみじみと有難く思っている。