【きかんぼサキ第2部】知らずに免許なしで | 奥会津ミュージアム - OKUAIZU MUSEUM

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【きかんぼサキ第2部】知らずに免許なしで

2024.08.01

            

                                渡辺 紀子(わたなべのりこ)

 サキノが嫁いだ時、その家は、電話、テレビ、自動車(ダットサン)、二台のバイクを持つ家だった。そのどれもサキノの実家には無かったもので、身近に見るのは初めてだった。自動車、バイクも仕事で使う人のほか、普通の人が乗ることはまず無い時代だった。
 その時、電話は玉梨(サキノの嫁いだ集落)と隣の八町で3台しかなかったという。テレビも、電話があった家にしかなかったらしい。
 サキノの家の電話番号は18番。かかってくることは滅多にない。村一帯の代表番号のようなもので、誰かの家の親戚に不幸が起きた、病人が出たといった緊急な時のみにかかってくるものだった。たまにかかって来た時は、嫁のサキノが該当の家に伝達に行かされるものだったという。サキノが当時の電話に触れたことは一度も無く、電話は舅か夫が扱うものと思っていたようだ。
 テレビといえば、相撲、紅白の時には必ずあちこちから人が集まって来ていた。「オレだって見てぇのに、いっつもオレは稼いでる。やんだなぁ」と、そんな賑やかな人々を横目に見ながら、サキノは内心思っていたという。当然、テレビをゆっくり見た記憶もない。

 サキノは基本的には旅館の方を手伝うこととなっていた。しかし、夫・紀由が営む商店の方も合間に手伝うようなこともあったという。サキノが手伝ったのは、主に店の品物の配達だった。この配達というシステムが玉梨、八町で始まったのもこの頃で、夫がそのはしりだったらしい。
 サキノが配達する時は、大体が50ccのカブに積んでの作業だった。夫の店は専売ものと呼ばれる酒と塩を扱える店だった。(専売ものの中の、タバコだけは扱っていなかった)。
配達といえば、重いものの酒、醤油、練炭、肥料などが届ける品物だった。
「あの頃は砂利道だべ。うんと走りにくくて、おっかねぇだ。酒も醬油も1箱が6本。一番重かったのは、醤油だったなぁ。まぁ難儀して、慣れるまで何回も転んで割っちまったりしてたわい」。
 当時、商店でも“秋あげ”と言う習慣があった。雪が降る前に必要なものを買い揃えておくこと。その時期になると、また忙しいものだったという。
「秋あげの練炭来っつお!と、じぃや達が大騒ぎしてるもんだっけ。練炭は汽車で届くから、駅まで取りに行くんなんねぇ。その騒ぎや。木炭は地元で炭作ってる人いてそこから買うもんだったが、練炭はよそから買わねぇとなんねぇ。冬に練炭足りねぇなんてなったら大変だかんな」。
 サキノも嫁いですぐから、こうした配達に駆り出される日々が始まったという。旅館と商店の二足の草鞋は大変なことではあった。しかし、配達の時間はごちゃごちゃした大人たちから堂々と抜けられる時間でもあった。サキノにとって、配達での一人の作業がほんの僅かな癒しの時間だったのかもしれない。がむしゃらに汗を流しながらも、伸び伸びと自分のペースでいられる。サキノ本来のペースを、そんな時間で取り戻していたに違いない。

 そんなある日のこと、いつも通りサキノが配達に駆け回っていた時のことだ。
「恵比寿屋(サキノの嫁ぎ先の旅館名)さん、実は今は運転免許って制度があって、それ取んねぇと車とかバイクに乗るよねぇようになってんだよ。大変だが、それ取って来てもらうことは出来ねぇべか?」
 と、村の駐在さんに声を掛けられたという。
「おら、バイクも車も何にも困んねぇで乗ってられる。そぉだとこ行かなくてもさすけねぇ。巡査様も見ててオレの運転下手でねぇべ?」
「下手ではねぇし、頑張ってんのは分かるが、決まりだからなぁ。まぁ、何とか考えてみてくんつぇ」。
 警察官の方とのこのやり取り。何とも大らかな時代だったと言えよう。

 サキノの運転は、嫁いですぐに夫から少し習っただけだった。50ccで慣れて来ると、たちまちダットサンの運転もマスターする。たいがいバイクで配達していたものの、車での配達を試したところ「これは、バイクよりおっかなくなくていいワ!」と、車の便利さに驚いたという。
 こんなふうに無免許運転の日々だったが、たまたま通りかかった駐在さんのお願いのような説得により、渋々運転免許センターに通うこととなる。実は、この時点で夫婦共に無免許だった。免許取得の話になった時のことだ。
「にし(お前)が先に取ってこぉ」。
 夫がこう切り出した。すると、すんなりそれに賛同する舅たち。私が先ですか?と内心サキノは思ったが、つべこべ言っても始まらない。そうしてサキノはこの家最初の免許取得に挑むこととなる。向かう先は、喜多方にある自動車学校だった。

 この時、なぜ夫が先に行こうとしなかったのか、その訳が分かったのは少し後になってからだ。夫にはあるたくらみがあった。これまで働くことを厭わず暮らしてきたサキノにとって、体を使うことは得意なことではある。そんなサキノを見越したものか、またも切り込み隊長として先陣を切らされることとなる。あまりにいきなりのことだった。
 さて、夫のたくらみとはどんなものだったのだろう。続きは次回へ…。