小さな植物記 | 奥会津ミュージアム - OKUAIZU MUSEUM

奥会津に生きる

小さな植物記

2024.07.01

井口 恵(いぐちめぐみ)

二瓶由紀子さん(昭和24年生 三島町)

これは、昭和57年4月~10月の間、三島町大林地区周辺で記録された植物記。
花の名前と写真が、思い出と共に記録された二瓶由紀子さんがまとめた1冊のアルバムだ。

奥会津の春は、雪解けと共に次から次へと競うように草花が咲き乱れ、新緑と柔らかい色彩の花々が淡く滲んで夢のような世界となる。
いつもご自宅の周りで小さな花を大事に愛でる由紀子さんのところで、出逢った花の話をしていた時に見せていただいた、少し色の褪せた植物記に私は心を奪われた。
なんということはない、町内を歩いていると、山に行くと目に入るそこら辺の草花の記録。
見かけても名前はわからないまま、普段の暮らしの周囲にいつの間にか咲くので、身近すぎて名前を調べるにも至らず、ふと見過ごしてしまうような小さな小さな草花が、丁寧にまとめられている。
三島町大林地区周辺の、極めて限定的な、非常に濃密な植物記だ。

喜多方市から三島町にお嫁に来た由紀子さんは、盆地から山村への暮らしと環境の変化を感じたという。
「山も雪も深くて閉ざされているところがあるから、協力しなければ生きていけない。関係ないでは、許されないのよ」
働き者の義両親は、休日もなく田畑に、山に出ていた。
由紀子さんも『流し仕舞い(ながししめぇ)は嫁の仕事』と言われ、大家族の台所を回すのに忙しかった。
中学校の事務員として働いていた昭和57年、当時の校長先生のお許しをいただいて、お昼休みにバイクでちょこっと行った道路沿いの草花を写真に撮ってくる。
仕事に、家事に、子育てに忙しい由紀子さんが束の間得られた自分の時間。
「みすぼらしい花、散りかけた花でも、来年まで待たなければと思うと、つい写してしまうのよ」
毎回行き当たりばったりで、時期を見逃したものも、初めてのカメラで撮影がうまくできなかったものもある。
「その場で名前がわからない花でも、たくさんの色々な花を見ていると、なんとなく何かって想像できるのよ。慣れよね」
付箋がたくさん貼られた厚い図鑑は、大切に使い込まれて少しクタクタしていた。
時にスケッチをしてみることで、図鑑の写真や絵だけではわからない、草花の新たな一面と出逢うことがあると、嬉しそうに話してくれる。
誰に見せるわけでもなく、由紀子さんがひっそりと記録した、由紀子さんの『時間』と『幸せ』が、忘れることなく綴られた思い出の植物記だ。

「今まで見過ごしてきた自然も、興味を持って付き合えば、一年中切れ間なく楽しませてくれるとわかったのが、最大の収穫だった」
兄弟と土手を転げ回って育ち、嫁にきてからの山菜採りも、栗拾いも、自然が大好きな由紀子さんが、より深く自然に目を向けるきっかけとなった記録。
ごく自然に、無理なくのびのび咲き誇るご自宅を取り囲む四季折々の草花は、そんな由紀子さんの愛情がたっぷりと注がれているのがわかる。
「草地がなくなって藪になると、小っちゃい花はなくなっちゃうの」
道端の野生の草花たちには、なかなか人の管理が行き届かなくなり、時間の流れと共に植生も変化してきているようだ。
由紀子さんが愛し、記録した、今道端に咲くこの小さな草花たちが、これからも変わらずに咲き続けられますように。