会津が奏でる日本の音 | 奥会津ミュージアム - OKUAIZU MUSEUM

奥会津に生きる

会津が奏でる日本の音

2024.05.15

井口 恵(いぐちめぐみ)

長谷川新一さん(昭和34年生 三島町)

                           
全国の箏職人が、厳しい寒暖差の中で育ち、木目が細かく締まった会津桐を求める。
中でも三島町産の桐は最高級品質だ。
その桐を使い、この地で箏を作る職人、長谷川新一さんに話を聞いた。

良い箏の条件は、良質な桐材と職人の腕で決まる。
そして、箏の価値を決めるのは、音色、木目の美しさ、装飾の3つの要素がある。
「潰れる、曲がる、捻じれている方が、変わった木目が出てきて面白い表情になる」
箏に向く桐は、真っ直ぐ素直なものよりも捻くれている方が、音が柔らかくまろやかになり、音の伸びも良いという。
山間の傾斜で雪に埋もれるような厳しい環境で育つ会津桐の特徴でもあるそうだ。
桐たんすや桐下駄のような、真っ直ぐな木目が細かくきれいに並ぶ表情が、良質な会津桐の特徴だと思っていたが、違う特性もあったのだ。これは意外だった。
「丸い斑点がたくさん浮いている“玉目”が好きなんだよね。でもなかなか出てこないね」
確かに弦を張る“甲羅”部分に浮かび上がる木目の表情が、箏の風貌を大きく左右する。
「最近は箏になるような桐が会津でも手に入りにくくなってる。材料が入らないことにはどうしようもないからね、在庫があるうちかなぁ」

丸太の桐から甲羅となる部分を切り出し、最低でも3~4年屋外で渋抜きのため雨風に晒して自然乾燥させる。
その後、型に合わせながら、音を決める甲羅の曲線を少しずつカンナで削り、絶妙な角度と厚みを調整していく。
表からは見えないが、反響する甲羅の内側の空洞部分は、出す音により材の厚みを調整する。
それに熱したコテを当てて表面に焼き目を付け、砥の粉を付けて磨くことで木目をより浮き立たせていく。
両端に化粧となる柏の葉模様と口前の装飾を施したら本体の完成だ。(弦張りは楽器店が行っている)
「会津の桐は目がはっきりしているから扱いやすいし、粘りがあってしっとりしている。艶も強度もあって、本当にものがいい」
現在、新一さんは全行程を一人で、1か月に1本~2本を制作する。

新一さんは、建具職人12年、桐箪笥職人12年、その後桐箏職人20年と、長く木工に携わってきた。
建具、箪笥という、ぴしっと狂いのない正確性を求める直線から、筝という繊細で柔らかな丸みが求められる曲線へと移行していった。
「同じ桐でも、道具も作り方も異なり、作業も全然違う。20年経っても、未だに(自分のものには)なってないなぁ…」
工房にお邪魔した時は、ちょうど箏の脇の装飾部分である「口前」制作の作業をしているところだった。
象牙やクジラの骨、紅木という素材を細く削り、土台の木に埋め込みながら装飾を施していく。
口前は音には直接関係しないが、さり気なく施された細かな装飾が、雅で品のある箏の美しさを引き立てる大事な部分となる。
新一さんはこの細かい装飾が一番好きな工程だという。

「箏一面ずつの表情や音が違って、同じものができないのが楽しい」
重たい雪が深々と降る中、まるで隠れ家のような工房で、ひとりで黙々と作業をする新一さんがいた。
「静かでいいよ。行くところがない、やることがないから(腰を据えて)できた仕事でもあると思う」
厳しい自然環境の中を粛々と逞しく育つ会津桐と、数㎜の厚み、癖のある木目、精巧な細工と日々忍耐強く向き合う新一さんの姿が重なる。

私は今年、地区の新年会で初めて箏の生演奏を聴いた。
軽やかに弾けるように、全身に響いてくる凛とした爽やかな音色は、箏を聴き慣れない私にもどこか安心する日本を感じさせた。
会津で育った桐で、会津で育った新一さんが作る筝。
きっと今もどこかで、新一さんの作った筝が、日本の伝統を誇り高く響かせている。