【わっさな暮らし】 めんどくさくて、かわいいやつ | 奥会津ミュージアム - OKUAIZU MUSEUM

奥会津に生きる

【わっさな暮らし】 めんどくさくて、かわいいやつ 

2023.11.01

井口 恵(いぐちめぐみ)

矢沢昇一さん(昭和30年生 金山町)
星正満さん(昭和25年生 金山町)

カラン、コロン・・・
桐下駄の、軽やかに澄んだ音が、心地よい。

桐の魅力は何かと聞くと、昇一さんがぶっきらぼうに応える。
「めんどくさいところ」。
白くて、軽くて、温かくて、すべすべしていて、柔らかい。
桐は、軽快で繊細な、手間がかかってめんどくさい、かわいいやつだ。
現在会津で唯一、桐下駄を木の伐採から仕上げまで一貫して作っている工場を訪ねた。
昇一さんのお父さんが桐下駄屋をはじめ、すべての工程を手作業で行っていた。
現在はお義兄さんの星正満さんと二人で、昇一さんが茨城から譲り受けた機械と手作業を合わせた全23工程で桐下駄を作る。
工場には暗く鈍い輝きを放つ、重厚で不思議な形の機械が点々と並ぶ。

1954年製「平和記念號」で七分の仕上げ作業

会津は昔から日本一の桐の産地で、会津桐で作られた良質な桐下駄は全国的に普及した。
一大産地だった会津の桐下駄屋は、当時分業制だったそうだ。
集落ごとに「仕上屋」がいて、毎年“盆下駄”といってお盆のお墓参りの時に新しい下駄をおろしていたという。
新しい桐下駄を履いた盆踊りは、それは清々しい音色に包まれていたのだろう。
現在ではこの「仕上げ」の工程ができるところが、会津ではここだけだという。

軽くて空気をたくさん含んだ桐はクッション性も高く、下駄が減っていくので足関節への負担が少ない。
足を乗せる平らの天(下駄板)と鼻緒は、指で鼻緒を挟むことで足のひらの筋が伸び、自然と土踏まずができて体幹が鍛えられる。
今回感動して購入した桐下駄は、信じられないくらい、何も履いていないように軽くて滑らかだ。
私の下駄への先入観や思い込みが完全崩壊するほど、想定外の履き心地にびっくりした。
なんと気持ちいい。どこまででも歩いて行けそうだ。

「十能」で作業する正満さん

「トマトやパンと同じ。桐は木の中でも特に柔らかいから、カンナも使い分けなきゃなんねぇ。他の木と刃の出し方や研ぎ方だって違う。俺(昇一さん)とおにぃ(正満さん)のカンナだってそれぞれの手に合ったの使ってる」。
次の作業、何を求めているかを空気で会話しているように、口数少ない二人は、阿吽の呼吸でお互いに無駄のない動きで工程を踏んでいく。
「人のやることをよーーーく見てないとダメ。時間気にしたり、焦ったり、省いたりしたら絶対できない。ひとつひとつの工程をちゃんと、ちゃんと重ねていくこと。そんくらいやらないと、いいものできねぇな」。

ほんの少しの木のシミ、欠けや割れ、カンナの逆目…私が見ても気づかないような、小さな小さな部分でも、納得できないところがあれば、決して妥協しない。
ボツにした桐下駄を、お湯を沸かすだるまストーブの中に放り入れる。
「涙がボロボロ出てくんだよ。(何足作っては燃やしたか)何回泣いたか…。これは作ってる人しかわかんねぇな。人に言えないことするのが職人なんだ」。
1本の同じ木から背中合わせで取った、木目が左右対称に真っ直ぐ入っている「会目(あいめ)」
が最良品質の桐下駄だ。
昇一さんと正満さんの桐下駄は、対下駄の足を乗せる部分同士を合わせると、木目がぴったり合うのはもちろん、お互いが音もなく優しく吸い付く。

鼻緒付けをする昇一さん

「毎回最後の仕上げ作業で手でカンナかけやると、あぁここがよくできたな、もっとこうすんだなって、そういうのが楽しみなの。ひとつひとつ表情があるから、面白い。同じだったら味気ねぇべ。同じの出来たら、心のこもったもんにはならないな」。
シャイで朴訥とした、ちょっとめんどくさい職人のおふたりが、丁寧に、慎重に、繊細に桐下駄に刃を当てる。
「めんどくさくて、かわいいやつ」。
厳しい緊張感の中、滲み出る桐下駄への心の声が、聞こえてくる。