須田 雅子(すだまさこ)
2022年8月27日、上質なからむし(苧麻)を育む昭和村の風土や、からむしの伝統を受け継いできた人々に感謝の気持ちを伝えたいと、京都の臼井万紀子さんが、舞『一条ノ光』を奉納した。会場となったのは、昭和村小中津川の気多神社と大芦のからむし畑。私は、からむしの手仕事に携わる人たちとともに、大芦で鑑賞した。雨の降る一日だったが、からむし畑で舞が奉納されている間だけ、奇跡的に雨が止んだ。日頃から感じていることだが、からむしの神は人々に近いところにいるようだ。
奉納舞に先立ち、臼井さんの舞の師である苳英里香(ふき えりか)さんが露払いで登場。利休鼠色のからむし織の衣装がやわらかく風になびく。舞手と衣と風が一体となり、場が浄められる。
苳さんが伴奏の位置についたところで、臼井さんが静かに舞台に歩み入る。背景に立ち並ぶからむしに向かい、深々と頭を下げる。藍で染められたからむし織の薄く透けた衣装を、からむしにまみえさせるかのように恭しく掲げる。その様子は、「この土地で、人々はあなた方からこのような美しい布を織り上げているのですよ」とからむしに伝えているように見えた。上質なからむしを育んできた土地や、からむしの手仕事を長年受け継いできた人々に感謝の想いを込め、からむしの放つ力強いエネルギーをその場で受け取り感じたままに表現する臼井さんの舞は、古代の巫女を思わせる。山麓のからむし畑は、いつもとは違う幽玄な空気に包まれた。
舞台となったからむし畑を提供したのは、「昭和村からむし生産技術保存協会」会長の皆川吉三さん(85)だ。奉納舞に先立ち、8月の強い陽射しと暑さの中、畑の周辺の草を刈り、一人、舞台の準備にあたっていた。木陰でひと休みする姿を私も目にしている。舞台の設営までは地域の人たちも協力した。
吉三さんが語った。
「大芦のからむし畑で、からむしが生えている前で、山を背景に踊りたいと聞いて最初困ったのな。踊るだけでない。観客がいるわけだ。からむしの畑を踏みかためっと来年芽が出ねえわけだ。どうしようかと悩んだが、そうだ、苗が古くなって来年掘る計画の畑がある。あの畑ならいいだろう、と思って臼井さんの要望をお受けした」。
遠く京都から来られた臼井さんが、この土地で長く受け継がれてきたからむしの生産や手仕事に敬意を表し、心を込めて舞を奉納してくれたことに、大芦のみなさんも感慨深い思いを抱いていたようだった