須田 雅子(すだまさこ)
からむし織の衣装を身に纏い、昭和村で舞を奉納した京都の臼井万紀子さんは、クレニオセイクラルセラピー(頭蓋仙骨療法)のセラピスト。クライアントの足先から頭まで手でかすかに触れていきながら、自律神経を整え、頭とからだをリラックスさせることで、クライアントが本来の自分に戻れるように促す。施術のとき、臼井さんの手は、セラピーを受けるクライアントの波長に合わせて勝手に動き、自働運動で調整するという。
「海や山や川など大自然の中にいると、周囲の波長に合わせ、手が施術のときのように自働で動き出す。でも、もっと身体全体で大自然とコラボした舞の表現をしてみたい」と思ったことから、2021年、舞踊家の苳英里香さんに師事した。
苳さんに「万紀子さん自身のお神楽を作っていきましょう。どういう思いで、どういう場所で、どういうお衣装でやりたいか、それをまず考えてください」と言われ、漠然とイメージしたのは、自然がいっぱいの野外で、衣装もその土地と合う自然素材のシンプルなもの…だった。
ある日、ご縁のある方に舞の衣装の話をたまたましたところ、「これらを役立ててほしい」と反物をいくつも持ってきてくれた。それらはすべて「からむし織」だった。あまりに寛大な申し出に驚きながら、その中で最初に目に入った、藍に染めてある反物を思わず手に取っていた。
「もともと藍染めが好きというのもあるんですけど、風合いというのか、自然体で秘めたるパワーが布から感じられて、グッとくるものがあったんです」。
その他にも選ぶようにと促され、淡い藤色のものと上品な利休鼠色のものと、合わせて3本のからむし織の反物を、舞の衣装として譲っていただくことになった。
衣装が「からむし織」と決まったことで、舞う場所も昭和村でお願いしたいということになった。舞を習い始めて一年半ほどの初心者であるし、村のどこかほんの片隅でいい、できればからむし畑が見える場所でと、からむし織とのご縁を繋いでくれた青森の「暮らしのクラフト ゆずりは」(以下、ゆずりは)を経由して、奥会津昭和村振興公社(以下、公社)に相談を持ちかけた。
東北の手仕事を扱う「ゆずりは」は、からむし織の販売を公社から委託され、20年以上前から全国をまわってきた。そんな中、臼井さんに反物を贈った女性に出会ったのだった。臼井さんの想いを知り、公社はすぐに全面協力の姿勢を示した。臼井さんが、西陣織の織匠、山口伊太郎氏(故人)を祖父に持つことを後に知った公社の本名民子さんは驚いた。「西陣では織の研修でお世話になったこともあり、ご縁の不思議を感じずにはいられませんでした」。
日程はからむしの収穫も落ち着き、お盆が過ぎてひと段落した2022年8月27日の新月の日に、場所は小中津川の気多神社と大芦のからむし畑で行うことに決まった。
臼井さんが最初に手にし、舞においても圧倒的な存在感を放っていた藍染めのからむし織の布は、五十嵐カヨ子さん(97)が織ったものだ。奉納舞の観客の中にカヨ子さんが見当たらなかったので、後日、写真を持っていき、カヨ子さんにあの布のことを尋ねた。
「わが畑のからむし、わがで績んでわがで織ったがなだ。染めだけ田島の染屋さんに頼んだ。たーだ好きで面白くてやってたの。なんか楽しくって(笑)。しかし、素晴らしいなあ。普通の舞とちがって奉納舞だ。こうして着てもらってよかった」。
臼井さんがカヨ子さんの布から感じ取った「自然体で秘めたるパワー」。それは、「年齢なんて関係ない」といつもパワフルなカヨ子さんそのものだ。カヨ子さんが畑で育てたからむしから繊維をとり、糸を手績みし、楽しみながら地機で織った布が、思わぬ縁を生んだ出来事だった。