【奥会津探訪】 ダイモチ引きの記憶 | 奥会津ミュージアム - OKUAIZU MUSEUM

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【奥会津探訪】 ダイモチ引きの記憶 

2023.07.15

須田 雅子(すだまさこ)

 「大芦ダイモチ引き木遣り保存会」の前会長である五十嵐善信さん(昭和11 年/1936 年生まれ)は、「ダイモチ引き」の子どもの頃の経験を語ってくれた。
ダイモチ引いてくっときには、どんなことでも即興で唄にしちゃったんだな。大勢で引いてるから、みんなに受けるようなことを声のたつ人が唄ったらしい。

五十嵐善信さん

 「ダイモチ引き」は、それこそお、30 メートル以上もあるような、ふと―い木伐って、それを山から引いてきたんだが、「ニンズカンゼエ」(※)っちゅうて、男も女も出られるてえ(人)はみんな出て手伝った。
 (※) ニンズカンゼエに対し、カマド普請は、各戸から1人出ればよい。

 祭りのような騒ぎだったなあ。それこそ娯楽も何にもねえときだから、みんなして大勢で賑やかに引いてきたの。
 里まで引いてくっと、子どもも出て、でっかい木だから、ダイモチの上さ踏ん跨って乗ったわい!俺は乗ったことあるわや。
 引くのは、一回しか引いてみなかったなあ。人足(にんそく)に出ろって言われて、15 歳のとき、中学終わった年だわ。(大芦と山神平の途中に)木屋(こや)新田ていう田んぼあっとこさ、橋架かってたのが弱くなっちゃって、そこへ出したときだ。
 大きな木だと片方3つぐらい穴開けて、こっち側も3つぐらい穴あけて、テコ棒っていうものを刺して、それに二人くらいずつついて、(左右に)ぐらんぐらん揺らしながら、フジ蔓とかで引いてくる。
 おらテコ棒さくっついてみたくて、やってたんだ。川に橋を架けるっちゅうときに、グゥーっと傾いて、水ん中へ足が浸ったっけが、手離したら最後だと思うから(必死で)テコ棒につかまってた。そのうちに、反対になって、おらは高―い方さ上がっちゃって。おもしろかったなあ!
 春、雪解けの水だから流れが速いし、おっかねえのや。昔からあれで損なった人も何人かあんだわ。
そのあとは時代が変わって、重機も出来てきたからダイモチを使わないでやるようになったからな。

<絵画に残した<山の祭り>

 大芦集落の画家・五十嵐唯一(ただいち)さん((昭和5 年生まれ2017 年没)は、ダイモチ引きへの思いを《山の祭り》と題した絵画作品に残している。

五十嵐唯一 《山の祭り》キャンバスサイズF100 号(1303 × 1621mm)

 唯一さんの作品《山の祭り》には、脛に脛巾(はばき)を巻き、ゲンベイ(藁沓)、腰にナタ、背にヒッツメカゴやカンジキを背負ったり、蓑を着けている男もいる。
祝い酒や握り飯、餅などを用意した女たちや、子どもを連れた若い母親などが男たちの勇姿を見守る情景には、当時の暮らしの様子も記録されていて、民俗学的にも貴重な一枚だ。

五十嵐唯一さん
(写真提供:五十嵐喜久男さん)