奥会津を伝える3~3Dで見る宮崎遺跡の弥生土器 | 奥会津ミュージアム - OKUAIZU MUSEUM

奥会津を学ぶ

奥会津を伝える3~3Dで見る宮崎遺跡の弥生土器

2025.02.15

柳津町文化財専門アドバイザー 長島 雄一
阿部 泰之

「奥会津を伝える」の3回目として今回も新しい動きを紹介する。金山町の宮崎遺跡から出土した弥生土器である。
宮崎遺跡は金山町大字中川字居平に所在する。縄文時代終末期から弥生時代(およそ2400前)の再葬墓が発見された遺跡として名高い。1968年に周東一也氏らによって第1次調査が行われ、以後、計4回の発掘調査が実施された。遺跡は只見川右岸の段丘上に立地しており、約5400年前に爆発した沼沢火山に由来する堆積物が遺跡の基盤をなし、遺構はこうした砂質土を主体とした堆積層を掘り込んで作られている。

遺構としては多数の再葬墓があげられる。再葬墓とは縄文時代終末期から弥生時代にかけて東日本で盛行した墓で、遺体が土葬や風葬など何らかの葬法で白骨化した後、遺骨を壺形土器などの蔵骨器に納めて再び埋葬した墓である。会津地方では宮崎遺跡のほか只見町窪田・西会津町上野尻・喜多方市上野・会津若松市墓料(ぼりょう)・会津美里町油田(あぶらでん)遺跡などで発見されている。
宮崎遺跡では一つの土坑(穴)に壺形や深鉢形の土器を複数入れた再葬墓が多数検出され、中には破砕された硬玉製の管玉(くだたま)を一緒に埋めた土坑も発見されている。

出土した土器は縄文時代晩期終末の変形工字文(へんけいこうじもん)と呼ばれる東北地方で盛行した文様が施された土器のほか、関東地方に系譜をもつ土器、磨消縄文(すりけしじょうもん)の手法で渦巻文や幾何学的な文様を描いた地元の土器など多様である。中には炭化物が付着した土器も複数出土している。また独鈷石(どっこいし)と呼ばれる信仰関連の石器も発見されている。管玉は産地同定の結果、遠く石川県小松地方などからもたらされたということも判明している。宮崎遺跡は日本の弥生時代を考える上で欠かせない重要な遺跡として注目され、出土遺物の一部は、道の駅奥会津かねやまの一角にある「金山町歴史民俗資料館」に展示されている。

また一昨年調査された金山町西部に所在する中西部(なかにしぶ)遺跡では、会津美里町油田遺跡・三島町小和瀬(こわぜ)遺跡また新潟県内の遺跡で発見された亀甲形の平地式掘立柱建物跡が広場を取り囲むように検出され、多数の土坑墓も発見されるなど注目を集めた。宮崎遺跡も中西部遺跡もほぼ同時期の遺跡であり、各遺跡の性格や両者の関係解明が今後の課題である。
2024年11月、筆者は山形・新潟両大学の支援を受けながら宮崎遺跡から出土した土器の一部を高精細で写真撮影し3Dかつ動画化する作業を行った。

最先端の技術が新発見あるいは既知の資料を見直し、新たな発見につながった例はよく見られる。ゲノム解析や年代測定・・おもしろいことに最新の技術が太古の謎を解明する重要な道具となり、切り口となっている。
そして今回の撮影の様に高精細で360°からつぶさに観察できる技術を使って、貴重な資料を後世に残せることは文化財の保存・活用にとって極めて有効であることは言を待たない。「実測図と異なり、三次元計測は現物観察で気付かれなかった情報も盛り込まれるため、後からでも観察・検討できるものであり、例えば土器であれば製作者の動作や工具の使用法、黒斑の状況、顔料や煤・コゲの付き方などを観察することもできる。たいていの観察や計測においては、手元に現物があるのと変わらない。」また、こうした「三次元記録の推進と公表は、現物へのアクセスの困難を解消することで「貴重さ」の高低を等価にし、平等に扱われる可能性をもたらす。幅広い種類への資料への全般的な適用による恩恵ははかり知れず、考古資料の三次元化は研究における価値の増大と新しい公衆的価値の付与につながる。」(中園聡「三次元考古学の新地平」『季刊考古学140号』2017年 雄山閣)。
したがって三次元記録を共有・活用することがとても重要である。こうした技術も活用しながら、奥会津の埋もれた資料にもっと光を当てていきたいと考えている。

今回は山形・新潟大学等が参加する研究プロジェクトの協力を得ながら、金山町教育委員会の許可を得て掲載する。3D動画は、それぞれ下記から閲覧可能である。
なお、動画には以下の解説(阿部泰之氏)を付記している。

深鉢形土器 福島県大沼郡金山町 宮崎遺跡出土(弥生時代中期前半)

3次調査で出土した深鉢形土器。三角形を横に連ねた変形工字文が3段描かれ、逆三角形の部分に縄文が施される。うつわの作りが丁寧で文様も整然と描かれる優品である。弥生時代中期前半に位置付けられるが、文様はより古い前期の特徴をとどめている。外側が黒く煤け内側にもおこげが付いているので煮炊きに使われたと考えられる。筒型土器と同じ再葬墓から出土した。


筒形土器 福島県大沼郡金山町 宮崎遺跡出土(弥生時代中期前半)

3次調査で出土した細身の筒形土器。磨消縄文(線で囲んだ部分を縄文で飾る手法)で描いた菱形や角丸三角形の文様をリズミカルに配置している。炭化物が付くことから煮炊きに使われたと考えられる。深鉢形土器と同じ再葬墓から出土した。

壺形土器 福島県大沼郡金山町 宮崎遺跡出土(弥生時代中期前半)

4次調査で出土したと思われる資料。肩が強く張る壺形土器で、三角形を連ねた変形工字文が2段描かれる。弥生時代中期前半に位置付けられるが、文様はより古い前期の特徴をとどめている。
本例のように再葬墓から炭化物の付着した壺が出土することがある。調理には使いづらそうなこの壺で何を煮炊きしたのだろうか?

壺形土器 福島県大沼郡金山町 宮崎遺跡出土(弥生時代中期前半)

2次調査で出土した壺形土器。磨消縄文で描いた環状の文様を5単位つなげて配置する。底面には編み物を敷いて作った痕が残る。

*なお本動画制作は2024年度国立情報学研究所「AI等の活用を推進する研究データエコシステム構築事業」ユースケース「地域資料データの継承とオープン化を目指した地域横断型データ共有基盤の構築」の支援を受けている。

資料提供:金山町教育委員会
3D動画制作:合同会社AMANE

3Dデータ作成方法・機材・製作者について
Generation method: Photogrammetry
Camera: Sony ILCE-7RM4A
Lens: Sony FE 24-105mm F4.0 OSS
Software: Adobe Substance 3D Sampler
OS: macOS 15.0.1
Digitization date: 2024/11/22
Creator: AMANE.LLC