菅家 博昭(かんけひろあき)
標高730mの大岐集落。2023年12月から2024年4月12日までの冬は雪が少なかった。しかし3月には毎日降雪があり、寒く、4月21日現在でもサクラの開花に至っていない。昭和村の本村の野尻川流域では、すでにサクラは満開となっている。
大岐集落の西にある後背地山のクイナでは、ブナの萌芽は、通常よりも10日早く、4月21日に新緑となっている。大岐でのサクラとブナの新緑は5月1日が基準日で、サクラが咲いてきてもよいのだが、まだ咲いていない。
ブナ萌芽と、山に自生しているオオヤマザクラの開花もほぼ同時なのだが、この「山桜」もまだ開花となっていない。
先日、営利切り花生産者の会合が南会津町田島であり、「種まきサクラ」が話題となった。田島の羽塩地区から田部に嫁がれた方(八十歳代)が、実家では庭の白いツツジの花の開花を待って田植えを行っており、嫁ぎ先は標高が低い集落のため、いつ田植えの適期かが不明で、実家に帰った際にこの「田植えツツジ」の苗を嫁ぎ先の庭に植えた、という。
野山に自生しているツツジは朱色のものが多いので、庭木として古くに植えつけた灌木であるツツジの白い花の開花で、季節の到来を読んでいた、ということなのだろう。
実際に移植されたツツジを拝見したが、まだつぼみで、開花は5月10日ころだという。
大岐でのこうした植物指標は、集落南方に隣接した高畑と呼ぶ場所にある「桃の木」の白い花が咲いたら、「からむし(苧)焼き」を行うことが口承で伝承されている。植物の開花は積算温度等で決まっているので、早い開花の年、遅い開花の年は、冬から春の気温の累積による影響により変化しているためだ。
生まれ育った実家の庭やその集落から植物を持参し、嫁ぎ先の屋敷周りに植えた当地での事例を紹介する。
下流の柳津町の集落から来られた方は「ヤマニンジン」を大岐の嫁ぎ先に運ばれた。いまも5月下旬にその白い花を咲かせ続けている。
ヤマニンジンはセリ科植物でシャクとも呼び、根を漢方で利用する。これは柳津町・三島町・金山町の道路沿い・堰用水路沿いに多く自生し4月末から5月、群落を作る。この開花の少し後に、シシウドが開花する。
昭和村には見かけない植物で、滝谷川上流域の小野川・奈良布・大岐では自生が無い。数年前から我が家の畑には、このヤマニンジンの種子を蒔いて畑で養成中で、その一部を切り花として都内の卸売市場に農協を通じて出荷している。たいへん人気の高い植物である。ただ似た植物で毒性を持っているものもあるため、採取にあたっては注意が必要である。
春は雪の消え間からコガネバナ(黄金花)と呼ぶフクジュソウの黄色い花からはじまり、ハタオリバナ(機織花)、雨降り花と呼ぶキクザキイチゲなどが白い薄青い花を咲かせる。樹木も花を咲かせ、白い雪に覆われた冬が去ると、野山は多色に満ちる。
景色の移り変わりは植物が知らせてくれる。こうした日常は豊かであると思う。
降雪期を、それも春まで消えない根雪(ねゆき)を占う植物も奥会津には存在している。金山町鮭立のミチノクナシの最後の一葉が落ちると根雪になるという「雪見の梨」は修験の家の庭木である。
また金山町玉梨では、山の沢に自生しているクリの木の葉が落ちると根雪になるという「雪見の栗」が伝わっていた(渡辺紀子「玉梨の採集植物」『会津学二号』2006年、124ページ)。