奥会津デジタルアーカイブ準備室長 榎本千賀子
お久しぶりです。私の筆不精により、「奥会津DA準備室だより」の更新が滞ってしまいました。準備室に対して厳しい目とともに期待してくださっていたみなさま、ご報告が遅れてしまい本当にごめんなさい。
長い間お待たせしてしまいましたが、2024年7月19日より、「奥会津デジタルアーカイブOpen OKURAIRI」の一般公開を開始しました。これは、奥会津を〈記録する〉〈むすぶ〉〈ひらく〉の3つの使命のもと、奥会津の様々な資料のデータを公開するWebサイトです。「Open OKURAIRI」という名前は、奥会津7町村の大部分が幕府直轄地であった旧南山御蔵入領に重なることに加えて、奥会津の文化財を「お蔵入り」させることなく、世界に向けてひらいていきたいという願いを込めて命名しています。もちろん、Open OKURAIRIはどなたにも登録不要・無料でご利用いただけます。
図1 奥会津デジタルアーカイブOpen OKURAIRIトップ画面https://openokurairi.net/s/open_okurairi/page/home
一般公開開始にあわせてOpen OKURAIRIでは、2023年の「奥会津の縄文」展の関連資料303点、7町村の広報紙『Flow・新奥会津だより』『奥会津だより』127点、金山町の民具資料「弥平民具」28点など、計460点以上の資料を公開しています。資料は、考古・くらし・芸術などの7つのカテゴリー別のほか、コレクション別、時代別、資料種類別、町村別に閲覧することが可能です。また、各種検索サイトと同様、検索窓にキーワードを入力することでも検索を行えます。さらに、資料をクリックすると表示される個別ページに記された「タグ」のリンクをたどって、同種の資料をまとめて閲覧することも可能です。
「奥会津の縄文」関連資料については、好評のうちに配布を終えた展覧会図録の全頁PDFや、図録には掲載できなかったカットを多数公開しています。図録や展覧会場では見ることができなかった資料の裏側などの画像を、高解像度で観察することができますので、ぜひお試しくださいね。また、広報紙は、すでにWeb公開されてきた資料ではあるのですが、Open OKURAIRIによって新たに目次検索が可能となりました。こどもたちによる聞き書きの連載『じいちゃんありがとう』や先日ご逝去された竹島善一さんの写真など、過去の人気記事を読み返す際に、この検索機能はきっと役立つはずです。
図2 Open OKURAIRIより人体像把手付土器(池ノ尻遺跡・柳津町)https://openokurairi.net/s/open_okurairi/item/1335
さらに、Open OKURAIRIは資料の検索・閲覧を可能にするだけではありません。閲覧した資料のPDFや画像は、面倒な手続き不要でダウンロードが可能です。夏休みの自由研究に、ものづくりの参考に、アイデア次第で様々な用途に資料を活用いただけます。一部については商用利用も可能です。利用規約をよく読んで、ぜひ自由な発想で資料の活用にチャレンジしてください。また、気になった資料は、ボタン一つでSNSに共有することも可能です。お気に入りの資料を友人に知らせたい時などに、便利な機能です。
Open OKURAIRIの開設までの約1年半、準備室は文化財やデジタルアーカイブに関わる奥会津内外の様々な立場の人々とともに、奥会津にふさわしいデジタルアーカイブとはどのようなものなのか、検討を重ねてきました。その活動を通じて再確認したのは、奥会津の自然のもとで育まれてきた人々の歴史やくらしを伝える営みの蓄積の豊かさと、その厳しい現状です。
奥会津には、この土地の風土に磨かれた生活の技術や知恵を、先人から受け継いだ財産として知り・守り・伝えようとする記録の営みが、広く定着しています。国の重要有形民俗文化財である「会津只見の生産用具と仕事着コレクション」をはじめとした只見町の民具整理に多くの住民が携わってきたこと、住民を主体としたその整理方法が「只見方式」として全国でも高く評価されていることは、多くの方がご存知でしょう。このように住民自身が記録の担い手となった例は、只見町のみならず、奥会津の各地に見られます。
例えば、只見町の隣町である金山町には、Open OKURAIRIにも一部公開を開始した約1000点の民具からなる小さなコレクション「弥平民具」が残されています。これは、戦後の急激なくらしの変化に危機感を抱いた玉梨地区住民の栗城弥平さんが、金山町および昭和村の野尻川流域で1950年代より収集を開始した民具コレクションです。その後、1980〜90年代にかけて、弥平さんと彼の活動に賛同した同地区住民が結成した玉梨民具保存会は、「只見方式」に学びながら集めた民具の整理を実施しました。弥平民具の収集・整理過程は、自らのくらしを自ら記録することへの深い共感がこの玉梨の地にも存在していたこと、只見で生まれた記録の知恵が、町村の枠を越えて根を張ろうとしていたことを教えてくれます。奥会津の各地に、こうした記録の小さな物語が、きらめく星座のように散らばっているのです。
しかし一方で、奥会津の各地で積み重ねられてきた記録の営みが、近年極めて厳しい環境に直面していることも事実です。高齢化と人口減少は、記録の営みにも大波となって押し寄せます。弥平民具も、かつてコレクションの整理に尽力した玉梨民具保存会のメンバーの大半が鬼籍に入られた今、活用機会の減少と、保存環境の整備という課題に脅かされています。また、現在の金山町内には、弥平民具の存在を知らない人、その価値を疑うような声も少なからず存在しています。大変悲しいことではありますが、人目に触れる機会を失い、その存在を気に掛ける人々を失った文化財が行き着く、避けがたい現実のひとつです。県立民俗博物館の所蔵資料の一部について廃棄を検討するとした奈良県知事の発言[1]や、奈良県立大学に寄贈された植物標本1万点の誤廃棄という事件[2]が最近続けて話題になりましたが、文化財の価値を伝え・守り続けていく難しさは、奥会津だけの課題ではないのです。
文化財は過去から伝えられたものです。しかし、文化財の価値はただ過去にのみ決定される固定的なものではありません。文化財の価値は、現在において、多くの人の眼に触れ、多様な視点から検討されることで、未来に向けて創り出されるものでもあるのです。それゆえにこそ、奥会津デジタルアーカイブ準備室では、人々の記録の営みを通じて残されてきた文化財の資料データを、保存することと同時に、多くの人へとひらき、様々なかたちで活用してもらうことが重要だと考えています。
図3 Open OKURAIRIよりコバワリセン(弥平民具コレクション)https://openokurairi.net/s/open_okurairi/item/1122
一般公開を始めるにあたって、点数は少ないけれども弥平民具28点をOpen OKURAIRIに掲載したのは、この想いを込めてのことでした。弥平民具については、福島大学の阿部浩一さん、福島県立博物館の大里正樹さん、山口拡さんの指導のもと、町民の手による再調査・再撮影が昨年度からスタートしています。Open OKURAIRIでは、この再始動した試みに伴走し、今後その成果を順次公開してゆく予定です。これは、Open OKURAIRIを、すでに価値の定まった資料を公開する場としてではなく、資料の価値を探り、生み出す場とすることを目指した実験的取り組みです。この実験を、奥会津に点在する、陽のあたりにくい文化財へと次第に広げていくことが、準備室のこれからの仕事です。
追記
奥会津デジタルアーカイブOpen OKURAIRIでは、今後もさらに使いやすく充実したサイトを目指してアンケート(https://forms.gle/REgSJzEfquGySsLq6)を実施しています。ぜひご参加ください。
[1] 机美鈴, 「奈良の民俗博物館が休止 収蔵品廃棄の知事発言が波紋、応援望む声も」『朝日新聞デジタル』(2024年7月16日, https://www.asahi.com/articles/ASS7J2TBRS7JPOMB00WM.html).
[2] 机美鈴, 「奈良県立大、寄贈された植物標本1万点を誤廃棄 「県内絶滅種」含む」『朝日新聞デジタル』(2024年7月22日, https://www.asahi.com/articles/ASS7Q42L1S7QPOMB01WM.html).