第1回公開講座「共に記憶を記録し分かち合う地域知の共有地」(講師:平賀研也さん)
(奥会津デジタルアーカイブ準備室室長・榎本千賀子)
連載第2回は、2023年6月2日に実施した第1回公開講座のご報告をお届けします。
準備室はじめての公開講座は、伊那市立伊那図書館(2007-2015)、県立長野図書館(2015-2020)の2つの図書館で、館長として情報基盤整備やデジタルアーカイブ事業に取り組んでこられた平賀研也さんを講師に開催しました。当日は、平賀さんのご経験をもとに、地域におけるデジタルアーカイブの可能性と、地域に根ざしたデジタルアーカイブづくりについてお話しいただきました。新しい情報技術を活かして、地域に暮らす人々とともに地域内外の豊かな「知」の資源を分かち合い、市民の新たな記録活動や創造活動を促し、活動の成果をさらに未来へと引き継ぐための、沢山のアイデアを頂いた一日でした。平賀さんはこうした一連の仕組みを、講座のタイトルにもあるように「地域知の共有地」と表現していらっしゃいます。
ここでは、講座でご紹介いただいた事例より、伊那市立伊那図書館の携帯端末向け街歩きアプリケーション『高遠ぶらり』と、県立長野図書館のポータルサイト『信州ナレッジスクエア』についてご紹介します。講座全体の記録はPDFでダウンロードできますので、ぜひそちらもご覧ください。
街歩きアプリケーション『高遠ぶらり』
『高遠ぶらり』は、伊那市立伊那図書館が作成した、iPhone、iPad向けの街歩きアプリケーション(アプリ)です。古地図の上に携帯端末によるGPSの現在位置情報を表示することができるほか、古地図上にピンで表示された史跡などのランドマークをタップすると、解説記事や写真をはじめとした資料を閲覧することができます。街なかへ持ち出して利用できる携帯端末の特徴を活かし、現在の空間に地域の過去を重ねて体験できるよう設計されたアプリケーションです。伊那図書館では、このアプリケーションを用いて、対面型の街歩きイベントや小学生向けの地域学習イベントを開催してきたそうです。
しかし、『高遠ぶらり』の特徴は、その制作過程を抜きに語ることはできません。実はこの『高遠ぶらり』に掲載されている情報は、アプリ制作ワークショップに参加した市民の知識や調査によって編集・執筆されたものなのです。つまり、『高遠ぶらり』は地域の過去を伝える古地図や写真などのデジタル化された資料=「知」を新たなかたちで活用するとともに、その「知」を活かして市民が行った新たな創造活動の成果を伝える、「地域知の共有地」を具現化したアプリケーションであるのです。
平賀さんは、この『高遠ぶらり』の制作現場では、世代や関心を超えた多様な市民が協力しながら「知」を深め、創造活動を繰り広げる様子が感動的だったと話します。地域の歴史をテーマとしたイベントは、時に高齢世代の参加者ばかりが集まるものともなりがちです。しかし、アプリ制作ワークショップには、地域史イベントの常連に加えて、最新の情報通信技術に関心を持つ大学生や、デザイナーや建築家といった多彩な職業の市民が幅広く参加したそうです。そして、コンピュータ操作に慣れた大学生が情報の編集とアップロードを担当し、長年郷土史研究に取り組んできた高齢参加者が大学生にアドバイスし、建築家が街歩きの際に建築の解説をして、デザイナーがイラストマップを描く……というように、それぞれの参加者が得意分野を活かしつつ、協力し合ってアプリの制作と活用に取り組みました。
『高遠ぶらり』の事例は、情報通信技術やデジタルアーカイブが、幅広い世代と多様な関心を持つ人々の間に新しい交流を生み、新たな知的創造活動を促すツールとしても活用可能であることを教えてくれます。また、平賀さんは、この『高遠ぶらり』のようなデジタルアーカイブの活動に市民が主体的に関わる機会と場が、デジタルアーカイブを多くの人にとって身近な「ジブンゴト」へと変え、地域に根ざした活動にする上で重要なのだと強調されていました。
なお、『高遠ぶらり』はアプリ紹介サイトから無料でダウンロードすることができます。iPhoneやiPadをお持ちの方は、伊那市民の力作にぜひ触れてみてください。
地域内外の多様な資料にふれるポータルサイト『信州ナレッジスクエア』
『信州ナレッジスクエア』は長野県内のデジタルアーカイブや図書館蔵書に加えて、県外のデジタルアーカイブや一般ウェブサイトの情報まで、図書館が選択した様々な情報源から、広い「知」の世界にアクセスできる検索システムを整備した、長野を知る入り口となるポータルサイトです。Googleをはじめ、Yahoo!や Bingなどの一般検索サイトと変わらない使い心地でありながら、一般検索サイトからはたどり着けない県内の図書館蔵書検索システムやデジタルアーカイブ、そして図書館が選定した『ジャパンサーチ』などの全国各地の信頼のおける情報源に掲載された資料を、まとめて検索することができます。
一般の図書館が持つ検索システムは、図書館が所蔵する図書だけを検索するものです。しかし『信州ナレッジスクエア』では、図書に加えて、県内の博物館や資料館が所蔵する様々な資料や県外の博物館が所蔵する資料などを、より幅広く検索することが可能です。
具体的な調べ物テーマをひとつ思い浮かべてみると、この『信州ナレッジスクエア』の仕組みの意義を理解しやすくなるかもしれません。例えば、今年2023年の奥会津7町村では「奥会津の縄文」展が開かれています。この展覧会に出品されたある土器について調べ物をする場合を考えてみましょう。すると、土器の発掘調査の際に作られた発掘調査報告書や、同じ遺跡から発見された別の遺物、当時の自然環境の参考になる自然史の標本や、奥会津から遠く離れた県外で発見された共通点の多い土器、様々な図書や論文など、多様な領域と地域に広がる様々な形態の資料を参考にできることがわかります。
もちろん、そうした資料の一部は、土器を収蔵している奥会津の文化施設や町村に保存されているでしょう。しかし、それ以外の資料は、行政区や分野・資料形態の違いによって数々の施設に分かれて保存・管理されています。近隣の別の文化施設や、県外の博物館や図書館に収められている資料が、わたしたちの関心に応えてくれることも多いのです。『信州ナレッジスクエア』は、このように領域と地域を越えて広がる資料に、より多くの市民が、自然に触れられるような環境づくりを目指しています。
また、『信州ナレッジスクエア』では、検索を通して発見した資料を、例えば先に紹介した『高遠ぶらり』のような市民の創造活動に、スムーズに活かすことができるように著作権などの権利関係の表示を徹底しています。加えて、『信州ナレッジスクエア』には、市民が創造した新たな「知」を、長野県のデジタルアーカイブシステム「信州デジタルコモンズ」で保存し、未来に向けて公開していくための環境も整っています。
平賀さんは、デジタルアーカイブは一方向的な情報提供を行う仕組みではなく、創造のための仕組みとしてこそ、活きたものにすることができるのだと話します。『信州ナレッジスクエア』はそのための、長野県における基礎となるような仕組みです。
デジタルアーカイブに関わる多彩な取り組み事例を、惜しみなく紹介してくださった平賀さんの講義は、準備室の活動のみならず、7町村の博物館・図書室・公民館の活動や、住民の地域活動を考える上でも、数多くのヒントをくれたように思います。もちろん、平賀さんが紹介してくださった取り組みの全てを、一度に奥会津で実現することはできません。
しかし、「なにか1つでも奥会津の軸となるような取り組みを見つけられれば、うまく行きますよ。楽しんでください。」と平賀さんは励ましてくださいました。この励ましを胸に、準備室でも、多くの人が集う「地域知の共有地」を奥会津に拓きたいと思います。